第246話

 

 そんなこんなで夜、寮の部屋にて。私はマリネと、そしてミナスの三人でお喋りをしています。

 なんと当のミナスの部屋は私たちの二つ隣、つまり一部屋を挟んですぐのところでしたのです。というわけで行き来も容易で、こうしてたまにでも気軽に集まろうということになりました。要はプチ女子会のようなものですね、まるで修学旅行の宿のようです。


「それで、エンデリシェはもう考えたのか?」


「何をでしょうか?」


「決まっているだろう、選択授業だ。それに敬語はやめろと言っているだろう」


「敬語についてはもう諦めました。なかなか慣れるものじゃないですねやっぱり……それはそうとして、選択についてでしたらもうーー」


 この学園では一年生から選択授業が存在します。と言っても魔法の、ではありません。魔法以外の武技について学ぶための授業を、四つあるうちから一つ選ぶのです。


 ・剣技


 ・弓


 ・格闘


 ・長物


 とありますが、私が選んだのは……


「ーー弓を選びました」


「弓かあ、なんでなんだ?」


 と、マリネがさらに訊ねて来ます。


「それにはちゃんとした理由がありますよ。一つは、あまり重いものを持って振り回せないという筋力の現実的な問題。そしてもう一つは、私の得意な魔法系統と組み合わせた場合の発展性を見越してです。魔法にはいろいろな使い方がありますよね?」


「うん。


 ・一般的にイメージされる魔法。火の球や風を起こすやつ


 ・支援系の魔法。対象に直接かけるものや罠設置などの工作も


 ・回復魔法。これには呪詛などの反発系も含まれる


 ・付加系統。持続・瞬間構わずエンチャントと呼ばれる部類全て


 ・最後に直接行使。魔法を身体に宿すなどして相手に物理的な攻撃をなす


 の五つだよね」


 今度はミナスが素早く答えます。


「そうそう、それだ。わ、私もそれくらいはわかるぞ? 魔法学科に入ったんだからな!」


「別に疑っていませんよ? なんでそんなにムキになる必要があるのですか」


「なんか脳筋に見られている気がしたからだ……こほん。それで優等生なエンデリシェが特に得意なのは確か……四つ目だったよな? 前に話をしてくれた記憶がある」


「まだ一年生なのに優等生と言われるのも少し気遅れしてしまうけれど……その通りです。そして弓、というよりかは矢に対してですが、魔法を付与する技を身につけたいと考えているのですよ」


「ふーん、なるほどな。確かに、己の拳に火を纏う人もいるくらいだから、飛び道具の弓矢を『魔法の弓矢』として使いこなせるようになったら遠距離狙撃手として名を馳せることもできるかもしれないしな」


 実際、過去にエンチャントした弓矢を用いて名を轟かせたハンターも存在しましたし。幸い私にはそこそこの素質があるようなので、努力を怠らなければ行くところまでは行けるのではないかと考えているのです。


 別に、いわゆる成り上がり志向があるわけではありません。そもそも生まれが王族。この国においてテッペンの家系に転生したのですから、身分という意味ではこれ以上上り詰めるところもないでしょう。王位継承権も放棄しているわけですし、現状の生まれ持った"お姫様"というステータスが最終地点なのです。

 ですが、何事も目標がなければ始まりません。ただ言われた通りに学園に通い時間を無駄に過ごすのはまっぴらごめんだとも思っています。ですので、今のうちから出来ることは遠慮せずに為していこうと、そういう話です。


 それに、将来的にどこかに嫁ぐことが確実となっている私の身なのですから、この国にいるうちにやるべきことをやっておかないと、夫となる人の元に行った後はもう言われるがままの生活が待っている可能性が高い。ファストリア王国が積極的な内助の功を推奨しているとはいえ、他国ではいまだに『女は口を出すな汗をかくな、身体を綺麗にして突っ立っておけ』という思想の国も沢山あります。むしろそちらの方がこの異世界においてはスタンダードとすらいえます。


「後十年もすれば私はどこかの国に嫁ぎ、習った魔法や弓矢を披露する機会もなくなるかもしれません。若い時、この今こそが人生で最も自由な時間かもしれないのです。お父様もお母様も、それに兄姉も。この学園にいるうちは口出しをして来ませんしすることができません。不文律とはそういうものなのですから。なので、私は弓矢コースを選びます」


「……エンデリシェって、本当に十歳なのか?」


「それは私も気になった。考え方が少し大人びている気がする。そこまで先を見通して人生の計画を立てる人なんて、貴族といえども中々いないと思う」


「えっ!? そ、そうでしょうか?」


 流石に私が転生者だと疑っているわけではないでしょうが……あまり地球にいた頃の感覚で話をするとボロが出るかもしれませんね。実際夕方も院長からそのような事を指摘されたわけですから、迂闊な言動をしないよう気をつけなければなりません。


「それよりも、二人はどうするのでしたっけ?」


 私は話の対象者矛先をひっくり返します。突っ込みが続かないうちにぶった切ってしまいましょう、ええ。


「よくぞ聞いてくれた! 私は剣技のコースを選んだ!」


「剣技、ですか」


「そう! なぜならば、我がアンダネト家は、ポーソリアル共和国では剣を持たせれば一番と言われているからだ。実際私も幼い頃から半ば無理やりではあったが兄上たちから指導をされたんだぞ? ならばこの国に来てさらに腕を伸ばそうと考えるのは当たり前。是非、ファストリアの男どもをぶった切ってやりたいな!」


「そんな物騒なことは考えないで欲しいのですが、そうなのですね。家風を大事にするのは大切なことだと思います。先人に倣うわけですね」


「うむうむ、そういうことだな」


「二人ともよく考えてるんだね」


 と、うなずくマリネの横で、ミナスが少し悔しそうに眉を下げます。


「どうしたんだミナス? もしかしてまだ決めてないのか? 書類の提出は明日の朝のホームルームになっているはずだが」


「ううん、そこは大丈夫。だけど、私は二人みたいに家風や家柄に重たいものがないから」


「ミナスは豪商の娘なのでしたっけ」


「いえす」


 ミナス=ティリアス。ドルーヨ商会という、昔から続く老舗の大商会の長女、一男一女の下にあたるそうです。兄は学園に通わずに丁稚として既に経営や商売のことを学んでいるらしいのですが、ミナスはと言うと商会の昔からのしきたりで、女の子が生まれたら必ず学園に通わせるという方針により半ば強制的に入学させられたそうです。

 当然試験はみんなと同じく普通に受けていますし、才能がないとか頭が悪いわけでは全くありません。『魔法学科のAクラス』に在籍していると肩書は大変名誉かつ生徒の箔付になるらしいですから。


「私自身は、実はあんまり戦いとか好きじゃないんだよね。でもこんな事を言うと嫌味に聞こえるかもしれないけれど、昔から商会きっての天才だとかもてはやされているのよ。魔法もそうだし、商売もそう。お客さんの中には兄よりも私が継ぐべきだと言う人までいるし」


「なるほどな、持たざる者ならぬ持つ者ゆえの苦労というわけか」


「かもね」


「なるほど……」


 才能がある人は、周りからあれこれと言われることが多々あります。中にはズルイだとか、調子に乗っているだなんて決めつけてくるような人も。でも本人はそう生まれたいと思って生まれたわけではなく、生まれ落ちた時に結果として発芽するナニカを身体に宿していただけのこと。望むも望まざるも関係なく、発揮してしまう才というのは多くはありませんがあるものなのです。


「ですが、この学園では力、つまりは学力がモノを言います。ここに入った以上は文句を言っていられませんよ?」


「え、エンデリシェ? いきなりそんなっ」


 マリネが、突然叱るような事を言い出した私を止めようとします。ですが反対にミナスの方が続けてとジェスチャーをしてきました。


「確かに、貴女にとってはただの義務なのかもしれません。ですが、この学園に入りたくても入れない人たちは毎年たくさんいると聞きます。ならば、その選ばれし者としての責務を果たさなければならないのでは? 私の考えを"押し付けがましい"と吐き捨てる方もいるでしょう。けれど、今なすべき事を全力でなす。そのことに良いも悪いもありません。ミナス、貴女にとってこの学園はただの暇つぶしなのですか? それとも、これからの人生を豊かにするための準備期間なのですか?」


「……………後者よ。決まっている」


「そう、なら外の世界でのアレコレは一旦忘れて、今はただのミナスでいましょう? それが、この学園の貴賎なしというモットーの示すことなのだと私は思いますから」


「そう、かもね。わかった、ありがとうエンデリシェ」


「いいえ、私も自分の意見を言い過ぎましたね。色々述べはしましたが、最終的に判断するのは貴女自身ですから。そんなのはいらぬアドバイスだ、と思うのもミナスの自由ですよ」


「そんなこと思ってない。ありがとう、なんだかお姉さんができたみたい」


「一応これでも同い年なんですけどね、うふふ。あっ、そうでした、結局ミナスは何を選ぶんですか?」


「うん、私はーーーー」


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