第49話 最初から諦めちゃダメよ!

 瞬殺だった。

 子供のグレイに理解できたのは二点だけ。


 地面から槍が飛び出してきて、合成獣キマイラの全身を串刺しにしたこと。

 長剣がきらめいた次の瞬間には、ライオンの首とヤギの首がほぼ同時に落ちたこと。


(この人がやったのか⁉︎)


(すげぇ! すげぇ! すげぇ!)


(魔剣士って、強いのは知っていたけれども、本当の本当に強いんだ!)


 首を失ったモンスターの体がゆっくりと倒れる。

 女性は剣についた血を払ってからさやに戻した。


「かっけぇ!」


 心の中で叫んだつもりが、大声を出してしまったグレイは、慌てて口元をガードする。


「おや……」


 女性と目が合う。

 向こうが小さく手を振ってきたので、グレイは全力で振り返しておく。


(魔剣士の戦闘シーンを見てしまった!)


(後で家族に自慢しよっと……)


「ありがとうございます、魔剣士様!」


 息を切らしながら走ってきたのは、ミケーニアの父親だった。


「ここの領主を務めている者です。食事と部屋を用意しますので、どうか今夜は村に一泊していってください。他に入り用なものがあれば、何なりとお申し付けください」

「ありがとう。でも、その前に……」


 女性はトコトコと合成獣キマイラの死体に近づいていった。

 ミケーニアの父も追いかけたが、


「来ないで」


 と手でストップをかける。


合成獣キマイラの死体を放置しておくと、瘴気しょうきを発生させる。他の魔物を引き寄せる場合もある」

「なんと⁉︎ 急いで処分せねば……」

「残念ながら……」


 女性は収穫前のブドウに触れる。


「畑ごと浄化した方がいい。合成獣キマイラの血を吸っているから。ブドウの木も一緒に焼いてしまうが、構わないだろうか?」

「もちろんですとも。畑の所有者には、私の方から補償金を出しましょう」

「あなたが優しい領主で助かった」


(ミケのお父さんがペコペコするなんて……)


(魔剣士って本当に偉いんだな……)


 女性は魔法陣を展開させると、一面に火を放った。

 合成獣キマイラの死体が骨だけになった後、今度は水を降らせる。


「完了した。骨は無害だ。処分はお任せする」


 女性とミケーニアの父がこっちへ歩いてくる。

 グレイが頭を下げると、ちょこんと手が触れた。


「この子は?」

「近くに住んでいる農家の次男です。何か気になることでも?」

「私が合成獣キマイラと睨み合っていた時、この子が向こうから走ってくるのが見えた。理由を知りたくてね」


 ミケーニアの父が「顔を上げなさい、グレイ」と命じてくる。


「魔剣士様の質問に答えるのだ」

「はい!」


 グレイは軍人みたいに背筋を伸ばした。


「俺は足の速さに自信がありますから。もし、逃げ遅れた村人がいた場合、モンスターに石ころを投げつけて、注意を引きつける予定でした」

「ほう……」


 女性が前屈みになる。


「腰の短剣は、君のかい?」

「いえ、父親のものを盗み……じゃなくて、借りています」

「ふふっ……」


 笑うと人懐っこい印象を受ける。


「面白い子だな、君は。勇気がある」


 グレイはもう一度頭を下げた。

 魔剣士と言葉を交わした、しかも褒められた嬉しさで、体の芯がポカポカしてくる。


(後でミケに自慢しよっと……)


 そして翌朝。

 太陽が昇るなり、領主様の屋敷へ向かった。

 柵につかまって跳ねまくっていると、グレイに気づいたミケーニアが出てくる。


「ねぇ、聞いて、グレイ! 私の屋敷に魔剣士様がお泊まりしたのよ! 一緒にディナーを楽しんじゃった!」

「いいな、ミケは。たくさんお話しできて」

「昨日はびっくりしたわ!」


 グレイが急に駆け出したことを指しているらしい。


「グレイが死んじゃった! て思った」

「大げさだよ。俺は足の速さに自信があるんだ」

「でも、相手はモンスターよ。子供なのに無茶しすぎよ」

「走ったから魔剣士の戦闘シーンが見られた」

「もうっ……グレイったら」


 頬っぺたを膨らませるミケーニアだが、急にクスクスと笑い出す。


「ありがとう。私や村人を助けようとしてくれたのよね」

「まあな。ミケは領主様の子供だから。俺たちが守らないと」

「うん、ありがとう」


 二人は魔剣士に関する情報交換をした。


「俺は頭をでてもらった!」


 グレイが鼻高々に言えば、ミケーニアは、


「魔剣に触らせてもらったわ!」


 と得意そうに語ってくれた。


「本当に⁉︎ あの魔剣に触ったの⁉︎」

「うん……といっても、普通の剣と変わらなかったわ」

「でも、魔剣に触ったのか⁉︎ いいな〜」


 この時ばかりは、領主様の子供に生まれたミケーニアが心底羨ましかった。


「ねぇ、知っている。魔剣士様の弟子になったら、将来、魔剣士になれる可能性があるのですって」

「狭き門ってやつだろう。そう簡単にチャンスが巡ってくるとは思えないけどな」

「魔剣士になるのに身分は関係ないそうよ。グレイにも挑む資格があるわ」

「う〜ん……」


 それって夜空の星を手に入れるくらいの難しさじゃないだろうか。


「グレイは魔剣士になりたいって思わなかったの? 本物の魔剣士様を目にして、憧れたりしないの?」

「まあ、少しくらいは、なりたいと思ったよ」

「だったら、最初から諦めちゃダメよ!」


 ミケーニアは柵の隙間から手を伸ばして、グレイの手首をつかむと、優しい指遣いでモミモミしてくる。


「もしグレイが魔剣士になったら、私、もっとグレイのことが好きになると思う!」

「えっ……」


 驚いた心臓がでんぐり返ししそうになる。


「好きに……」


 春じゃないのに春風が二人を包んだ。

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