第20話 九十九勝と、九十九敗と

(ネロの魔法は別格だよな……)


 魔剣士の強さを示すバロメーターは、たぶん三つ。


 肉体フィジカル

 魔法マジカル

 知恵インテリジェンス


 ここに剣の腕前とか、経験と実績とか、運の良さとか、色々絡んでくるわけだが、三つの柱は変わらないだろう。


 ネロは圧倒的に弱い。

 肉体フィジカルが。


 体の線が細いということは、俊敏しゅんびんと言い換えることもできるが、デメリットの方がはるかに大きい。


 加えて性格は直情型。

 おバカ……とは言わないが、工夫を凝らすのは得意じゃない。


 ネロが魔剣士として長生きしている理由は一個だけ。

 魔法マジカルが圧倒的なのだ。


 歴代オニキスの魔剣士の中、最強クラスとうたわれる威力を秘めている。

 魔法を打ち合ってネロに勝てるのは、この時代、ミスリルの魔剣士しかいないだろう。


 グオォォォッ!


 グレイの腕をしびれが伝った。

 紫電の竜に食いつかれたからだ。


 一度捕まったら最後。

 雷公鞭サンダー・ボルトは簡単に離してくれない。

 ネロ本体を攻撃しない限りは。


 グレイの背が建物に叩きつけられた。

 そのまま壁を突き破り、反対側から飛び出した。


 体が宙に浮く。

 ぐんぐん地表が遠ざかっていく。


 竜とは天空の支配者。

 生きたまま二度と地面を踏めないのでは? という恐怖がもたげた。


ちろ!」


 視界が急に反転。

 さっきまでペンドラゴンの街を見下ろしていたのに、今度は晴れた空が映っている。


 体が猛スピンを開始した。

 胃の中身が逆流しそうになる。


 グレイをくわえた雷公鞭サンダー・ボルトは、一筋の巨大な豪雷となり、修練場のど真ん中に墜落した。


 確実に命を狩られたと思った。

 いや、グレイの気のせいじゃなければ、心臓が一瞬止まっていた。

 そのくらい破壊力があった。


 せっかく生きて帰ったのに、魔剣士とバトルする羽目はめになり、しかも相手はネロで、大技を食らうなんて、運が良いのか悪いのか分からない。


「いてぇ……」


 グレイはよろよろと身を起こす。

 地面が人間の形に凹んでいる。


 自慢の一発が直撃したのに、グレイが立ち上がったから、ネロは興醒きょうざめしたような顔になった。


「ふん……すごい生命力だな。確かに生前のグレイ並みだ。あの男のしぶとさは半端なかった」

「だから言っただろう。俺は本物だって。これで満足か」

「その大剣は魔剣グラムというわけか」

「当然だ。というか一目で気づけよ。この世に二振とない魔剣グラムだよ」


 しかしネロの警戒は消えない。

 結論ありきというか、一度黒と決めたら、とことん黒と信じる性質たちらしい。


(そういやこいつ、宗教とか信じるタイプだしな……)


 頭でっかちめ。

 内心で舌打ちする。


「さっきの衝撃で思い出したぜ……」


 左手から流れる血を魔剣グラムに垂らす。

 大剣からぼうっと黒い炎が立ちのぼる。


「九十九勝、九十九敗」

「何だ、そりゃ」

「忘れたとは言わせない。見習い時代、俺たちが練習試合した時の通算スコアだよ」


 その後、二人は魔剣士になった。

 魔剣士同士の私闘はタブーだから、スコアは引き分けのまま今日にいたる。


「いつか百勝目を賭けて戦おうって話をしたよな。かなり昔の約束だが」

「ああ、あったな。覚えているぜ。あの頃は互角だったよな」


 当時を思い出したネロがニンマリと笑う。


「俺は今、魔剣士じゃない。元オリハルコンだ」

「理屈としては私闘禁止のタブーに触れないってわけか」

「ギリギリな。最高のチャンスだろう」


 もちろん子供じみた屁理屈へりくつ

 発覚したらペナルティを課される。


 でもネロの横っ面を一発殴りたい衝動には勝てない。

『いつか百勝目を賭けて戦おう』の約束を持ち出したのは、我ながら悪くないアイディアだろう。


「分かった。認めよう。お前は本物のグレイだ。オイラの戦友だ」

「ぶっ潰してやるよ。雷公鞭サンダー・ボルトのお返しだ。十年前より威力が落ちたんじゃねえか」

「ぬかせ。わざと調節したんだよ。魔剣士を名乗るからには、あのくらい耐えてもらわないと困る」

「負けず嫌いだよな、昔から。大怪我しても恨みっこなしだからな」

「お互い様だろう」


 そもそも最初から決闘すべきだった。

 ネロに遠慮して防戦に回ったのが良くなかった。


 この男も魔剣士の一人。

 グレイの大技が直撃したところで骨折するのが関の山。

 ガラス細工のような顔に傷が入るかもしれないが。


「来いよ、ネロ!」

「行くぞ、グレイ!」


 ネロが抜剣する。


 魔剣士同士のバトルが禁止されている理由……。

 もちろん貴重な戦力を減らさないための措置そちだ。


 ルールで縛る必要があるくらい、魔剣士という生き物は、往々にして好戦的なのである。


 魔剣士=人格者。

 そんなわけない。

 むしろミスリルの魔剣士のような聖人君子の方が珍しい。


 七人いる魔剣士の内、自分は何番目に強いのか。

 試してみたくてウズウズしている。


 グレイが武器を構えて、ネロが魔剣の力を解放しようとした時……。


「やめな! お前たち!」


 上空から叱責しっせきの声が降ってきた。

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