第21話 不死鳥の煌炎《カイザー・フェニックス》

(火の鳥……なのか?)


 天から降ってきたのは鳥の羽だった。

 粉雪のように一帯を白に染めていく。


 ネロとの一対一タイマンに水を差されたグレイは、手で一枚すくってみた。


 羽はチリチリと燃えている。

 百枚でも二百枚でも落ちてくるからわずらわしいことこの上ない。


「今すぐ私闘を中止せよ!」


 女性の声。

 まさか、上空にいるのは……。


 天から太陽が落ちてきた。

 いささかオーバーな表現だが、待ち受ける未来を想像したグレイの腕に鳥肌が立った。


 不死鳥の煌炎カイザー・フェニックス


 グレイとネロの中間に着弾した火の鳥が大爆発を起こす。

 ものすごい熱風が吹き荒れて、まともに顔を上げられなくなる。


(手加減してこの威力か……雷に打たれたり、火にあぶられたり、今日は災難だな……)


 グレイは大剣を杖代わりにして持ちこたえたが、不憫ふびんなのはネロの方だった。

 体重の軽さがあだとなり、頭からレンガの壁に突っ込んだ。


「ふんぎゃ⁉︎」


 三十七のおっさんにあるまじき声を出したきり、ピクリとも動かなくなる。


(えげつない……ますます知能が劣化しなけりゃいいが)


 炎が収まり、女性が出てきた。

 ヴァイオレットの瞳と赤銅色の髪をしている。


 鎧に守られている肌は浅黒い。

 グレイの師匠と同じくらいに。


 抜群のスタイルを持っているが、全身の筋肉が引き締まっているせいで、美人というより強い母のような印象を与えてくる。


「久しぶりだね、グレイ」


 女騎士はそう言って手を差し出してきた。


「まさか、レベッカなのか」

「驚いたかい。私はネロと違って、ちゃんと歳を取るからね」


 最後に会った時、レベッカは二十歳だった。

 今年で三十歳ということは、グレイより長いキャリアを積んだことになる。


(あの頃のレベッカは新米だったのに……)


 十年という歳月がベテランの風格を与えている。


「かなり驚いた。レベッカが健在なこともそうだが、あっさりグレイ本人だと信じてくれるのだな」

「死体も遺留品も見つかっていないからね。誰も最期のシーンを見たわけじゃないし、万に一つの可能性くらい信じたくなるだろう」


 レベッカは楽しそうに目をすがめた。


「あんた以外にその魔剣を使いこなせる人がいるとも思えない」


 魔剣グラムが同意するように黒炎を吹く。


「あの……レベッカ……その……え〜と……」

「エリシアのこと?」


 グレイは一つうなずく。


「ネロとの会話で、エリィが王都にいるらしいことは分かった。でも、今何をやっているのか、詳しいことは教えてもらえなかった。まだ魔剣士を目指しているのかも含めて。修練場へやってきたらエリィに会えるかと期待したが……」

「へぇ、そうかい」


 なぜかレベッカの目が泳ぐ。


「教えてくれ。エリィはまだレベッカの弟子なのか?」

「いや、私の弟子ではない」

「そうか」


 魔剣士になる夢を諦めたのだと分かり、グレイの肩から力が抜けた。


 無理もない。

 才能だけでは通用しない世界。


 エリシアは心優しい少女だった。

 性格的に向かなかったのだろう。

 覚悟していたとはいえ、悔しい思いはある。


「あの、グレイ……」

「励ましてくれなくていい。誰よりもショックなのはエリィ本人であり、レベッカだろう」


 グレイは地面に胡座あぐらを組んだまま頭を下げる。


「レベッカ、本当にありがとう。十年前にエリィを引き取ってくれて。八歳のあの子の面倒を見てくれて。とても感謝している」

「グレイ……」

「エリィが今でも魔剣士を目指しているなら、俺にも手助けできることがあると思っていた。あいつは俺の唯一の弟子だったから。こうなった責任の半分は師匠だった俺にある」


 ふいにレベッカが笑い出す。


「何がおかしい?」

「いや、グレイは変わらないと思ってね」


 変わらないのは当たり前だが、十年間生きてきたレベッカには新しい発見らしい。


「エリシアに会いたい?」

「もちろん。娘のような存在だからな。逆に聞きたい。エリィは俺に会いたいと思うだろうか?」

「当然、会いたいでしょうね」


 グレイの脳裏に八歳だったエリシアの笑顔が浮かぶ。

 どんな姿に成長しているか、想像しようとして失敗する。


「魔剣士グレイとしての処遇は、正直どっちでもいい。四代目ミスリルの魔剣士にゆだねるつもりだ。復帰してもいいし、引退してもいい。命令されたら魔剣グラムだって返す。俺はエリィに会うため、ペンドラゴンへ帰ってきた」

「分かったよ」


 レベッカがりんとした声で言う。


「着いてきな。私が案内しよう。ただし、修練場をぶっ壊したペナルティは一国民として受けてもらうよ」

「お手柔らかに頼む。悪いことをやったとは思っている」

「ふふっ……」

「何がおかしい?」

「いや、グレイもネロも、昔から頻繁ひんぱんにトラブルを起こしていたなって」

「そうか? 俺はいつもネロに巻き込まれていた気がする」

「なるほど。悪友ってやつか」

「あれで実力者だから困る」


 レベッカの手を借りて立ち上がった時、


「イテテテテテ……」


 と後頭部をでるネロも起き上がった。

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