第22話 十年ぶりに帰ってきた英雄

(うわぁ……痛そう)


 ネロの頭には大きなコブが二つできていた。


 一個は不死鳥の煌炎カイザー・フェニックスで吹き飛ばされた時のやつ。

 髪の上からでも分かるくらい盛り上がっている。


 もう一個はレベッカに怒りの鉄拳をもらったやつ。

 本人いわく『金属の部分がめり込んで、頭が割れたと思った』らしいから、二回目の方が効いたようだ。


「ネロの頭って、ちょうど殴りやすい高さにあるよな」

「ひでぇ〜な、グレイは」


 患部を指でツンツンしてみた。


「イテテテッ! やめて! マジで痛い!」

「お返しだよ。修練場でやられた分の」

「くそ〜」


 くすりと笑ったグレイは、すぐに笑顔を引っ込めた。


(エリィは魔剣士になる夢を捨ててしまったか……)


 正しい選択だろう。


 魔剣士はいつ死ぬか分からない。

 大怪我して引退したら良い方で、ほとんどの場合、モンスターに食われて終わる。


(特にエリィは実物のアヴァロンを見てしまった)


 心が折れてしまうのも無理はない。


「どうしたの、グレイ?」

「いや、エリィのことを考えていた。あいつ、八歳で親代わりの俺を失ってしまったから。別れ際、大泣きしていたんだ」

「可哀想なエリィちゃん、とか思っているのかよ」


 ネロはニタニタと粘着質な笑みを浮かべる。


「逆に考えてみなよ。八歳までとはいえ、魔剣士とずっと行動を共にしてきたんだぜ。これって理想的な英才教育だと思わない?」


 ネロは変なことを言う。

 英才教育たりえるのは、エリシアが魔剣士を目指している場合のみ。


「あ、そっか。グレイは知らないのか」

「おい、何か隠しているな」

「ケッケッケ……オイラの楽しみが一個増えたと思ってね」


 口数が減らないネロの頭を、レベッカの手がポカポカと叩く。


「ネロ、あんたには重いペナルティが待っているからね。覚悟しておきなさい」

「へいへい。オイラって、いちおうレベッカの先輩なんだけどな」

「まったく成長しない問題児のくせに、よく言うよ」


 はたから見ると、悪ガキを叱りつける母親みたい。


 三人で大きな通りに出た。

 すると予期しないイベントがグレイを出迎えた。


「グレイ様だ!」

「オリハルコンの魔剣士様だ!」

「まさか生きておられたとは!」

「国のために戦った英雄が帰ってきた!」

「おおっ! グレイ様だ!」

「十年ぶりだ!」

「お帰りなさい!」

「大きな剣、格好いい〜!」


 民衆たちはグレイの存在を忘れていなかった。

 しかも一目で本物のグレイと認めてくれた。


(そうか、左右にネロとレベッカがいるから)


 サプライズに戸惑っていると、ネロが小気味よく口笛を鳴らす。


「良かったな。まだヒーロー扱いされて。現役らしいぞ」

「喜んだらいいのか悲しんだらいいのか分からない。一度は国葬された身だぞ」

「もう一回、国葬してもらえよ。ハイランド王国初の珍事だぜ」

「こいつ……」


 グレイは民衆に向かって手を振った。

 すると一人の老人が駆け寄ってきた。


 ずっと昔、グレイに命を救われた経験があるらしい。

「去年生まれた孫にグレイという名を与えました」と誇らしそうに話してくれた。


 何回か握手を求められる。

「グレイ様の手、おっきぃ〜!」と少年が興奮する。


 少女が走ってきて、傷だらけのネロを気にした。


「ネロ様が大怪我している! 頭から血が出ている!」

「いや、これはオイラの落ち度であって……」

「痛いの、痛いの、飛んでいけ〜!」


(六歳くらいの女の子に心配されてやんの)


 グレイはくっくと笑っておく。


「そうだ。グレイに一個、見せておきたいものがある。この近くだから寄っていこう」


 レベッカに案内されて向かったのは、大聖堂だった。

 聖教会の本部として利用されている青い屋根の建物だ。

 技巧ぎこうを凝らしたステンドグラスが、いたるところで輝いている。


 レベッカは庭園を指差す。

 石工が何名か作業している。


「何を作っているんだ?」

「四代目ミスリルの魔剣士エリシアの石像だよ」

「ほう、わざわざ聖教会が。魔剣士サイドと良好な関係という噂は本当なんだな」

「よく知っているね。今の大祭主はエリシア支持派だね」


 石像の製作は初期の段階。

 かろうじて手足の位置が分かるくらい。


「グレイが魔剣士を続けるかどうか、ミスリルの魔剣士に決めてもらう、といったね」

「そうだが……」

「だったら、確実に魔剣士を続けることになるよ。それだけは事前に伝えておこうと思ってね。隠居プランは捨てておきな」

「前向きに受け止めていいのか、その話は?」

「ミスリルの魔剣士と話してみな。きっとやる気になるよ」


 王都の戦力が不足しているとは思えないが……。

 レベッカの意図がみ込めないグレイは、あいまいに頷いておいた。


「やめなって、レベッカ。この鈍チンには通じないって」


 ネロがあきれたように手を広げる。


「おい、どういう意味だ、ネロ」

「そのままの意味だよ」


 グレイはもう一度庭園に目を向けた。

 石工は下絵らしい資料を持っているが、距離が離れており、どんな完成イメージになるのか分からないままだった。

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