第23話 四つの台座と一千年の歴史

 次にグレイが連れていかれたのは王宮だった。


「ルビーの魔剣士レベッカだ。通行の許可を」

「はっ!」


 レベッカ、グレイ、ネロの順で白亜はくあの門を抜けていく。


 王宮にはハイランド一千年の歴史が詰まっている。

 回廊のところには歴代国王の肖像画が並んでいるし、階段のところには神話をモチーフにした彫刻が置かれている。


 吹き抜けの空間へやってきた。


 グレイを待ち受けていたのは三体の石像。

 初代ミスリルの魔剣士、二代目ミスリルの魔剣士、三代目ミスリルの魔剣士のものだ。


 四つのコーナーの中、誰もいない台座がポツンと置かれている。

 この解釈は二つあるらしい。


 四代目ミスリルの魔剣士の誕生を待ち望んだという説。

 こっちが主流だ。


 既出の三名は偉大すぎるから、彼らに匹敵する魔剣士は今後登場しないだろうという説。

 こっちは少数派の意見。


 グレイは空っぽの台座に手を添える。


「すごいよな」


 ネロがしみじみとした口調で言う。


「四代目ミスリルの魔剣士は誕生しない。オイラは師匠からそう教わった」

「意外だな。ネロのことだから、あわよくば四代目の座を狙っていると思っていた」

「バレていたか。目指すだけならタダだからね。それに目標はでっかい方がいいだろう」


 レベッカの意見も聞いてみた。


「私はいつか四代目が誕生すると思っていたよ。歴史は繰り返すっていうだろう」

「それも意外だな」

「自分の目が黒いうちに、ミスリルの魔剣士に出会えるとは思わなかったけどね。神話のように遠い存在なのだから」


 グレイは懐かしい空間をぐるりと一周する。


「どのミスリルの魔剣士が一番強いと思う?」

「ん? 四代目も含めた四人がバトルしたらってこと?」

「ネロはその手の話が好きだろう」

「まあね〜」


 グレイとレベッカが思案していると、ネロはその場でくつを脱いで、空っぽの台座へジャンプする。


「おい、ネロ、いくら現役の魔剣士でも台座を踏むのは……」

「四代目が最強に決まっているだろう!」


 えっへんと胸を張る。


「びっくりした。自分が最強って言い出すのかと思った」

「おいおい……オイラはそこまでバカじゃね〜よ。それって四代目に喧嘩けんかを売っているし」

「なぜ四代目が最強だと思うんだ。残されている文献によると、初代は神がかった強さだぞ。魔剣エクスカリバー。万物を両断したとされる伝説の魔剣だ」

「バ〜カ。千年も昔の人なんだから、脚色されているに決まっている。それに魔剣エクスカリバーを見た人がいるかも怪しい」


 でも四代目は違う、とネロは言い張る。


「俺はこの目で見たからな。四代目の強さってやつを。あれは俺たち三人が束になっても勝てないね」

「本当かよ。聖少女みたいな人物と聞いているのだが……」


 視線でレベッカに確認すると、なぜか笑われてしまった。


「おしゃべりしている暇はない。さっさと行くよ」

「は〜い」


 グレイが王宮へやってきた理由は二つある。


 一つは元弟子エリシアに会うため。

 もう一つはミスリルの魔剣士エリシアに会うため。


『先に会えるのはどっちだ?』とレベッカに聞いたら『本人に確認してみるまで分からない』と返された。


(魔剣士エリシアは分かる。きっと多忙だろう)


(エリィも忙しいのか? そもそも王宮にいるのか?)


(分かった。王宮仕えのメイドというわけか)


(ありえる。エリィはもう十八歳。学者でも志さない限り、働いている年齢だしな)


 メイドの仕事は楽じゃない。

 夜勤があるし、給金だって平凡だ。

 根強い人気があるのは、景気に左右されにくいのと、一種のステータスになるから。


 メイド服のエリシアを想像したグレイは、天職かもしれないな、とほっこりした気分になる。


「私はミスリルの魔剣士と話してくる。ずっと行方不明だった魔剣士グレイが生存していたと、一から説明しないといけないからね。この意味、分かるかい?」


 レベッカの問いに、グレイは首肯しゅこうする。


「時間がかかるという意味だろう。俺とミスリルの魔剣士は面識がないからな」

「そうだ。死んだはずの人間が生きていたからね。いくらミスリルの魔剣士といっても、信じるのに時間がかかるだろう。もしかしたら、軽いパニックを起こすかもしれない。彼女は若いから。私が言葉を尽くして説明してくる。だから信じて待っていてほしい」

「分かった。頼りにしている」


 もう一名が気になるグレイは首の後ろをかきむしる。


「それでエリィなのだが……」

「分かっている。彼女がどこにいるのか知りたいのだろう。この王宮にいる」

「もう働いているのか」

「そうだよ。一人前にね」

「そっか。聞けて安心した」

「ねえ、グレイ……」


 同僚の手がグレイの肩に触れる。


「あの子は恨んでいない。グレイに感謝している。再会したいと思っている。それだけは信じて」

「信じたいとは思っている。でも、怖い気持ちもある。十年前、俺はあの子を放り投げた。強引に。一方的に」


『エリィを一人にしないで!』

 あの声は耳朶じだに残っている。


「その時、グレイの胸は痛んだかい?」

「そりゃ、もちろん」

「なら、大丈夫」


 何が大丈夫なのか分からなかったが、レベッカが言うのなら大丈夫だろうと思った。

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