第24話 ドキドキして緊張するだろう

(お土産のアヴァロン人形、失敗したな。お洒落しゃれなやつを買ってくりゃ良かった。夜中にこれを見たら、不気味すぎるのでは……)


 レベッカと別れたグレイは、当然のように豪華な応接室へ連れていかれた。


「この部屋で待っていなよ。オイラはもう一人のエリシアを探してくるからさ」


 ネロは椅子を持ち上げると、バルコニーが正面になるよう、グレイの前にセットする。


「いいか、グレイ。ミスリルの魔剣士がドアをノックした時、ちゃんと椅子に座っておくんだ。許可をもらうまで立ち上がったり振り返ったりするなよ」

「よく分からない。背中を向けるのは失礼じゃないだろうか」

「チッチッチ。相手は若い女性なんだぜ」

「一体、どう関係してくる?」

「初めて会うからドキドキして緊張するだろう」

「そんなものか?」


 アヴァロンを葬っている猛者もさが、二十七歳の男を相手におくするわけない。

 そう思ったが、ネロなりの意図があるらしい。


「メイドにお茶でも運ばせる。久しぶりの王宮なんだ。ゆっくり景色でも堪能たんのうしておけ。ミスリルの魔剣士が守ってくれた、王都の平和な日常ってやつをな」

「なあ、ネロ」


 ドアノブに手をかけた旧友が足を止める。


「その……エリィは元気なのか?」

「あのね……」


 自分の目で確かめろ、と言いたそうな目を向けられる。


「元気に決まっているよ。病の床に伏せていたら、一番に伝えているよ」

「そうか。若いし元気に決まっているよな」

「父親みたいなことを言うんだな。お前の中のエリィちゃんは八歳のままかよ」

「正直、成長した姿が想像できない」

「なら実物を見るしかない」


 ネロは退室しかけたが、ふたたび呼び止める。


「そういや現在ペンドラゴンにいる魔剣士は何名だ?」

「グレイをのぞいて三名だけれども……その質問、今いる?」

「いや、手土産を忘れたと思ってな」

「誰も期待してね〜よ」


 小さく笑ったネロが今度こそ去ろうとするが、グレイは待ったをかける。


「何だよ! 緊張しすぎだろう! 魔剣の使い手なんだから腹をくくりなよ!」

「いや、覚悟は決めている。本当に言いたかったのは……」


 鳶色の目を直視する。


「ありがとうな。お前も色々とエリィの暮らしをフォローしてくれたのだろう。ネロは意外に面倒見のいいところがあるから。一言、感謝を伝えておきたくて」

「意外に、は余計だ。コノヤロ〜」


 ネロは風のように去っていった。

 パタン、とドアが閉まると、部屋の中が急に静かになる。


(しばらく時間がかかるとレベッカは言っていたよな)


 グレイは応接室をウロウロした。

 傷つけたら問題になりそうなアンティークが並んでおり、部屋を掃除するメイドの苦労がしのばれる。


 バルコニーから首を伸ばすと、庭を掃除しているメイド達を見つけた。


 髪色はブラウンと、スカイブルーと、チャコールグレー。

 十代後半と思われる三人の中にエリシアらしき姿はない。


 三人は楽しそうに談笑している。

 その中の一人が服の内側からペンダントを取り出して仲間の二人に見せた。


(エリィが働いていたら、あんな感じだろうな)


(二人旅をしている時、同年代の女の子とほとんど遊ばなかった)


(王宮で雇ってもらえるなら幸せだろう)


 一人で頬をゆるめていると、コンコンとノックする音がしたので、グレイは脱兎だっとのように椅子まで移動した。


「どうぞ、開いてます」


 思ったよりも早い。

 言葉をかけられるのを待っていたら、お茶係のメイドだった。

 トレーには上品なポットとカップが載っており、グレイのために一杯れてくれた。


「一つ教えてほしいのだが、メイドの中にエリシアという若い女性はいるか?」

「エリシアは複数名おりますが……どちら出身のエリシアでしょうか」

「銀髪のエリシアと言ったら分かるかな?」

「髪色が銀のエリシアは五名おりますが……」


 キョトン顔を向けられる。


「いや、何でもない。ありがとう。下がっていい」

「失礼いたします」


 生真面目そうなメイドは、茶菓子の皿も置くと、足音を立てずに退室していった。


 ふぅ……。

 明らかに平常心を欠いている。

 手元のアヴァロン人形を持ち上げたグレイは、


「俺が緊張しているのは、エリィに会うことに対してなのか? それともミスリルの魔剣士に会うことに対してなのか?」


 と自問してみた。

 アヴァロンの口調を真似て『エリシア……ツヨイ』と独り言を続けた。


「そうだな。あのネロがベタ褒めしていたよな。『四代目が最強に決まっているだろう!』。あの一言には俺も耳を疑ったよ。自分が一番強い。ネロはそう信じるやつだった」


『ネロ……クソガキ』と続ける。


「心が少年なんだよ。レベッカがミスリルの魔剣士を認めたのは分かる。ネロまで認めたのは意外だった。俺なんか片手でひねり潰せるくらい強いらしいな。アヴァロンを倒す場面、ぜひ拝見したかったぜ」


 骨格のミニチュアを置いて紅茶を一口飲んだ時、コンコンという優しいノック音がした。


 来たか⁉︎

 グレイの心臓が、トクン、と跳ねる。


「どうぞ、開いてます」


 エリィか? エリシアか?

 ネロの言いつけ通り、グレイは後ろを振り返らない。


「お待たせしました」と涼やかな声がして、人の近づいてくる気配があった。

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