第25話 近くて遠いところ……

(これがミスリルの魔剣士の肉声なのか)


 想像よりずっと若い。


 下手したら子供。

 高圧的じゃない代わりに威厳の欠片かけらもない。


 しかし、なぜだろう。

 グレイを懐かしい気持ちにさせる。


「レベッカから話は聞いています。あなたが元オリハルコンの魔剣士グレイ。間違いありませんね」

「間違いありません、プリンセス」

「よろしい」


 顔を見なくても、今ニコリと笑ったな、というのが伝わってきた。


「私はあなたに質問する権利があります」


 ミスリルの魔剣士はグレイの背後をウロウロした。


「私に協力してくれますね」

「もちろん。与えられた質問にはすべて答えます」

「ふふっ……」

「何かおかしなことでも?」

「手元に資料がありましてね。レベッカにヒアリングした情報をまとめています。誰かの人生を知るというのは楽しいですね」

「ですか……」


 魔剣士の人生は波瀾はらん万丈ばんじょうなケースが多い。

 グレイとて例外ではない。


「当たり前の質問にもちゃんと答えてくれますか?」

「もちろん。あなたは俺の上官ですから。若いからといってあなどることはありません」

「とても助かります。そう言ってもらえると」

「当然の心がけです」


 グレイの将来が賭けられている以上、実直で使いやすそうな部下という印象を与えておきたい。


「元魔剣士グレイ、あなたの生年は?」

「フォーミュラ暦一〇〇一年です」

「あなたの年齢は?」

「生きた長さという意味なら二十七です」

「あなたの武器は?」

「魔剣グラムです」

「アヴァロンと交戦したというのは本当ですか?」

「ええ、フォーミュラ暦一〇二八年の出来事です」

「ふむ……」


 ぺろりと資料がめくられる。


「どの魔剣士と仲が良いのか、教えてくれますか」

「顔を合わせた回数でいうと、オニキスの魔剣士ネロですね。昔からの馴染みです。その次にルビーの魔剣士レベッカですかね」

「この王宮には三人でやってきたそうですね」

「ええ、最初にネロと会って、次にレベッカと会いました」


 私闘のことを責められるだろうか?

 反省しかないグレイはひざの上の拳を握る。


「ネロと小競り合いになったと、レベッカから報告を受けています。経緯について、あなたの口から教えてくれませんか」


 あれが小競り合い?

 レベッカの温情で割り引いてくれたらしい。


「俺の一日がスタートしたところから話します。俺は城下町の安宿に泊まっていました。軽く朝食を済ませた後、修練場へ向かい……」


 内部を見学させてもらった。

 すると教官役のネロを見つけた。

 知り合いに出会えたのが嬉しくて声をかけた。


 感動の再会となるはずが……。

『お前はグレイのニセモノだ!』

『いやいや、俺が本物のグレイだ!』

 という口論に発展した。


「ちょっと待ってください。なぜ朝から修練場に?」

「会いたい人がいたからです」

「その相手とはネロですか?」

「ネロもその中の一人です」


 含みのある言い方だが、深掘りはされなかった。


「先に手を出したのはどちらですか?」

「そうですね……」

「ネロをかばう必要はありません」

「先に仕掛けてきたのはネロです。俺も頭にきたので、腹部に強烈なキックを叩き込みました」

「まあ⁉︎ 蹴りを⁉︎」

「ネロの体はワンバウンドしてレンガの壁にぶつかりました」

「まあ⁉︎ レンガの壁に⁉︎」

「俺とネロは魔剣士になる以前からライバルなのです。よく練習試合をやって、九十九勝九十九敗の記録もあるくらいで……」


 殴る、蹴る、魔法をぶちかます。

 若い頃なんて毎日のようにやっていた。

 当時はエネルギーを持て余していた。


 グレイの思い出話をミスリルの魔剣士は楽しそうに聞いている。


「本当に仲が良いのですね。うらやましい」

「羨ましい……ですか。でも、ネロは他人をイライラさせる天才ですよ」

「いえ、切磋せっさ琢磨たくましてきた相手がいることですよ。しかも二人は魔剣士になるなんて。私にはライバルと呼べる相手がいませんから」

「なるほど」


 ミスリルの魔剣士は天才。

 ある種の孤独を背負っているのかもしれない。


「俺から質問してもいいですか?」

「どうぞ! むしろ遠慮えんりょなく質問してください! ドシドシと! これはお互いを理解するための時間ですから!」


 急に声を弾ませるなんて、本当に子供じゃないかと、グレイは微笑ほほえましく思う。


「ミスリルの魔剣士にも師匠がいたわけですよね。どの魔剣士なのですか」

「私にとっては全員が師匠みたいなものです」

「全員が?」


 まったく予想しない答えにグレイは戸惑う。


「ネロも、レベッカも、他の魔剣士も、私が生きるのを手伝ってくれました。そういう意味では全員が師匠なのです」

「なるほど。あなたが周囲から愛されている理由が分かりました。大きな実力を持ちながら、周りを頼っている。偉ぶったところが一つもない。そして素直なのですね」


 人間、誰だって頼りにされると嬉しい。

 自分が肯定された気になる。


「ですがね、私に魔法の基礎を教えてくれた人は一人ですよ」

「その御仁ごじんは今どちらに?」

「近くて遠いところです」

「ほう……」


 きれいな性格の持ち主なのだな。

 優しさに触れたせいか、グレイは余計なことを口走ってしまう。


「俺の大切な人も近くて遠いところにいます」

「え〜と……その意味は……」

「あ、すみません」


 出会ったばかりの女性を困惑させてどうする⁉︎

 失敗に気づいたグレイの顔が熱を帯びる。


「コホン。質問は交互にしましょう。次は私のターンですよ」

「はい、お願いします」


 質問の権利はグレイからミスリルの魔剣士へシフトした。

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