第26話 だって私がエリィですから

 ミスリルの魔剣士は何でも知りたがった。


 グレイの好物。

 思い出のある土地。

 これまでの成功と失敗。

 王都を目にした率直な感想とか。


(コミュニケーション能力が高いというより、声音こわねがエレガントというべきか)


 色っぽいつやがあるから、相手の耳を気持ち良くさせる効果がありそうだ。


「好きな食べ物……。いていうとミートパイですかね。城下町に良い店があって、俺が現役だった十年前は営業していました。ちょっとした名店でしたね」

「もしかして、ミートパイはあなたのお師匠さんの好物ですか?」

「よく分かりましたね」


 今日一番のびっくりだ。

 グレイが知る限り、相手の記憶をのぞける魔法は存在しない。


「ふむふむ。もしお店が営業していた場合、いつか私を案内してください。これは上官命令なのです」

「お安い御用ですよ、プリンセス」

「ふふっ……」


 プリンセスという呼称こしょうが気に入ったらしい。

 グレイの方も、終生お仕えするであろう少女に、小さな好意と大きな尊敬を向けつつある。


「次はグレイが質問するターンですよ」

「そうですね……」


 困った。

 知りたいことは一通り教えてもらった気がする。


「スキップは無しですか?」

「ダメです! 魔剣士たるもの、問題に背を向けることは許されません!」

女傑じょけつですね」


『全員が師匠』と言ったが、誰に似たのだろう。

 少なくともネロではない。


「じゃあ、瞳の色は? あなたの目について教えてください」

「う〜ん、私の目はですね……」


 なぜか渋られる。


「逆に聞きますが、何色だと思います?」

「淡いブルーでしょうか」

「どうして?」

「俺の好きな色だから」

「……………………………………」


 沈黙の理由が分からないグレイは、振り向きたいのを我慢して「プリンセス?」と呼びかける。


 するとミスリルの魔剣士は「きゅうぅぅぅ〜!」という謎の声を出しながら、その場でぴょんぴょんジャンプした。


「正解です! 今日一番のびっくりです!」

「まぐれ当たりですよ」

「ご褒美ほうびを用意しないといけませんね。しばらく私と朝食を共にする権利なんてどうでしょうか?」

「百万人のペンドラゴン市民から嫉妬しっとされます。まず間違いなく」


(ミスリルの魔剣士は天性の人たらしか?)


 過去に一人だけ知っている。

 彼女は他人を笑顔にさせる天才だった。


「そろそろ私の質問も大詰めです。一度休憩しましょうか?」

「いえ、最後まで続けてください」

「いいでしょう」


 ぺろりと紙がめくられる。


「一人だけ弟子がいたそうですね」

「ええ……まあ……」


 予想していた質問だが、胸の深いところが痛んだ。


「お弟子さんの名前は?」

「エリシアです。エリィと呼んでいました」

「エリシア……私と同じですか」

豊穣ほうじょうの女神エリシアからもらいました。プリンセスも同じ由来なのでは? あるいは三代目ミスリルの魔剣士エリシアが由来でしょうか?」

「いえ、女神エリシアでしょうね。私の両親は早くに亡くなりましたから。真実を確かめる手段はありませんが」


 コホンと咳払せきばらいの音がする。


「弟子のエリシアはどのような少女でしたか?」

「良い子でしたよ。世話が焼けるのですが、ひたむきな性格でしたね。将来は魔剣士になるべく頑張っていました。食べるのと寝るのが好き。おしゃべりはもっと好き」

「師匠のことが一番好き?」

「だと嬉しいですね」


 グレイは少年みたいに笑う。


「特訓は好きじゃない子でしたが、ここぞという時の集中力は持っていました」

「弟子が魔剣士になれると、あなたは信じていましたか?」

「もちろん」

「どうして?」

「エリィは心優しい性格だったから」


 グレイはコボルト戦のエピソードを語った。


 子供のコボルトが一匹だけ生き残った。

 エリシアに短剣を押しつけてトドメを刺すよう伝えた。

 するとエリシアは首を振って拒否した。


『やっぱりできません! 胸が痛いです!』

 涙目で訴えてきた。


「分かりません。心優しい性格は、魔剣士を目指す上であだになるのでは?」

「それが常識ですね。でも俺の師匠は違いました」


 誰かを守ろうとする時、人間は一番強い力を発揮する、という考えの持ち主だった。


「半信半疑でした。でも、アヴァロンと戦って分かりました。守りたいものがあったから三日三晩粘れました。そうじゃなかったら半分すらキツかった」

「あなたは……その……守りたいものを守れましたか?」

「守れました。戦いには敗れましたが」


 しばらくの沈黙。


「後悔はありません。自分の命より大切なものを守りました」


 さらに沈黙。


「プリンセスも一緒ではないですか。ペンドラゴンに住む百万人の命を背負っていたから、とてつもない実力を引き出せたのでは? アヴァロンの亡骸なきがらを見てきました。鬼気きき迫るものを感じました」


 グレイの掌中しょうちゅうにあるアヴァロン人形を、ミスリルの魔剣士が気にする。


「エリィに渡そうと思って買ってきました。我ながらセンスがないとなげいていたところです。十八歳の女の子は何が好きなのか、まったく想像できなくて……。本人に渡してもガッカリされるでしょうね」

「そんなことありません!」

「……?」

「彼女は喜んでくれるに決まっています!」


 急に態度が変わった?

 自分がプロデュースしたアヴァロン人形だからムキになったのか。


「でも、二人を引き裂いたアヴァロンの人形ですよ」

「プレゼントは気持ちが大事なのです! 何を渡すかよりも、どういう気持ちで渡したのか、そっちの方が大切なのです! 私の師匠なら、きっとそう言います!」

「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」

「いいえ、断言できます! だって……」


 グレイは顔を上げた。

 視界に淡いブルーの瞳が映った。


 思ったよりも幼い。

 二十に満たないだろう。

 十七か、十八か。


 女神エリシアの再臨。

 人々が持ち上げたくなるのも納得のオーラをまとっている。

 あまりの美しさに呼吸を忘れかける。


 次にもらったセリフは、完全に予想範囲外のものであり……。


「彼女は喜んでくれるに決まっています。だって私がエリィですから」

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