第26話 だって私がエリィですから
ミスリルの魔剣士は何でも知りたがった。
グレイの好物。
思い出のある土地。
これまでの成功と失敗。
王都を目にした率直な感想とか。
(コミュニケーション能力が高いというより、
色っぽい
「好きな食べ物……。
「もしかして、ミートパイはあなたのお師匠さんの好物ですか?」
「よく分かりましたね」
今日一番のびっくりだ。
グレイが知る限り、相手の記憶をのぞける魔法は存在しない。
「ふむふむ。もしお店が営業していた場合、いつか私を案内してください。これは上官命令なのです」
「お安い御用ですよ、プリンセス」
「ふふっ……」
プリンセスという
グレイの方も、終生お仕えするであろう少女に、小さな好意と大きな尊敬を向けつつある。
「次はグレイが質問するターンですよ」
「そうですね……」
困った。
知りたいことは一通り教えてもらった気がする。
「スキップは無しですか?」
「ダメです! 魔剣士たるもの、問題に背を向けることは許されません!」
「
『全員が師匠』と言ったが、誰に似たのだろう。
少なくともネロではない。
「じゃあ、瞳の色は? あなたの目について教えてください」
「う〜ん、私の目はですね……」
なぜか渋られる。
「逆に聞きますが、何色だと思います?」
「淡いブルーでしょうか」
「どうして?」
「俺の好きな色だから」
「……………………………………」
沈黙の理由が分からないグレイは、振り向きたいのを我慢して「プリンセス?」と呼びかける。
するとミスリルの魔剣士は「きゅうぅぅぅ〜!」という謎の声を出しながら、その場でぴょんぴょんジャンプした。
「正解です! 今日一番のびっくりです!」
「まぐれ当たりですよ」
「ご
「百万人のペンドラゴン市民から
(ミスリルの魔剣士は天性の人たらしか?)
過去に一人だけ知っている。
彼女は他人を笑顔にさせる天才だった。
「そろそろ私の質問も大詰めです。一度休憩しましょうか?」
「いえ、最後まで続けてください」
「いいでしょう」
ぺろりと紙がめくられる。
「一人だけ弟子がいたそうですね」
「ええ……まあ……」
予想していた質問だが、胸の深いところが痛んだ。
「お弟子さんの名前は?」
「エリシアです。エリィと呼んでいました」
「エリシア……私と同じですか」
「
「いえ、女神エリシアでしょうね。私の両親は早くに亡くなりましたから。真実を確かめる手段はありませんが」
コホンと
「弟子のエリシアはどのような少女でしたか?」
「良い子でしたよ。世話が焼けるのですが、ひたむきな性格でしたね。将来は魔剣士になるべく頑張っていました。食べるのと寝るのが好き。おしゃべりはもっと好き」
「師匠のことが一番好き?」
「だと嬉しいですね」
グレイは少年みたいに笑う。
「特訓は好きじゃない子でしたが、ここぞという時の集中力は持っていました」
「弟子が魔剣士になれると、あなたは信じていましたか?」
「もちろん」
「どうして?」
「エリィは心優しい性格だったから」
グレイはコボルト戦のエピソードを語った。
子供のコボルトが一匹だけ生き残った。
エリシアに短剣を押しつけてトドメを刺すよう伝えた。
するとエリシアは首を振って拒否した。
『やっぱりできません! 胸が痛いです!』
涙目で訴えてきた。
「分かりません。心優しい性格は、魔剣士を目指す上で
「それが常識ですね。でも俺の師匠は違いました」
誰かを守ろうとする時、人間は一番強い力を発揮する、という考えの持ち主だった。
「半信半疑でした。でも、アヴァロンと戦って分かりました。守りたいものがあったから三日三晩粘れました。そうじゃなかったら半分すらキツかった」
「あなたは……その……守りたいものを守れましたか?」
「守れました。戦いには敗れましたが」
しばらくの沈黙。
「後悔はありません。自分の命より大切なものを守りました」
さらに沈黙。
「プリンセスも一緒ではないですか。ペンドラゴンに住む百万人の命を背負っていたから、とてつもない実力を引き出せたのでは? アヴァロンの
グレイの
「エリィに渡そうと思って買ってきました。我ながらセンスがないと
「そんなことありません!」
「……?」
「彼女は喜んでくれるに決まっています!」
急に態度が変わった?
自分がプロデュースしたアヴァロン人形だからムキになったのか。
「でも、二人を引き裂いたアヴァロンの人形ですよ」
「プレゼントは気持ちが大事なのです! 何を渡すかよりも、どういう気持ちで渡したのか、そっちの方が大切なのです! 私の師匠なら、きっとそう言います!」
「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」
「いいえ、断言できます! だって……」
グレイは顔を上げた。
視界に淡いブルーの瞳が映った。
思ったよりも幼い。
二十に満たないだろう。
十七か、十八か。
女神エリシアの再臨。
人々が持ち上げたくなるのも納得のオーラをまとっている。
あまりの美しさに呼吸を忘れかける。
次にもらったセリフは、完全に予想範囲外のものであり……。
「彼女は喜んでくれるに決まっています。だって私がエリィですから」
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