第19話 雷公鞭《サンダー・ボルト》

 ガリガリガリッ!


 地面の一部が焼け焦げた。

 さっきまでグレイが立っていた場所だ。

 反応がワンテンポ遅れていたら大火傷おおやけどしていた。


「まだまだッ!」


 ネロが矢継ぎ早に流星弾コズミックを放ってくる。


 エネルギー弾には二種類あって、ストレートの軌道と、カーブの軌道だ。

 二つを交互に織り交ぜてくるのが、ネロの昔からのクセだった。


「変わっちゃいないな」


 グレイは一気に距離を詰める。

 付け入るチャンスがあるとすればカーブの軌道。

 正面から突っ込めば、必然、当たらない。


「なっ……⁉︎」


 接近を許したことで、ネロの顔に動揺が走った。


「痛いが、許せよ」


 グレイは蹴りを繰り出す。

 ネロの腹部にかかとをめり込ませ、子供の体重しかない体を思いっきり飛ばした。


 ネロの体は地面をワンバウンド。

 レンガの壁にぶつかって、壊れた人形みたいに落下する。


(やべっ……つい本気で蹴っちゃった)


 骨にヒビが入ったか。

 そんな心配は杞憂きゆうだった。


「いってぇ……三十七のおっさんの腹はよ……赤ちゃんのお肌くらいデリケートなんだぜ」


 ネロはすぐに立ち上がった。

 鳶色とびいろの目は怒りに染まっており、チリチリと放電している。


「よくも見習いたちの前で恥を……お前なんか消し炭にしてやる」


 ネロが両手を前にかざす。


 また流星弾コズミックだ。

 しかし数が違う。


 五、十、十五、二十……。

 エネルギー弾を次々と展開させていく。

 三十までは数えたが、その先は多すぎて不明だ。


「お前ら! 流れ弾に当たりたくなかったら避難しとけ! 怪我しても自己責任だからな!」


 青ざめた見習いたちは、クモの子を散らすように逃げていった。


 修練場に魔剣士二人が残された時、パンパンの風船が破裂するように、雷球が射出される。


「くたばれ! グレイのニセモノめ!」


 流星乱舞コズミック・カーニバル

 漆黒しっこくのエネルギー弾が四方八方から殺到してくる。

 知っている技だが、対応できるか否かは別の話。


 グレイは防護結界シールドを展開させた。

 選んだのは回避ではなく防御。


「くっ……」


 かなり重い。

 爆雷を受け止めたことで、全身の骨が悲鳴を上げる。

 防護結界シールドが次々と破壊されて最後の一枚になる。


「チッ……耐えたか」


 大剣を地面に突き刺し、なんとか我慢したグレイを、ネロの眼光が刺してくる。


「おい、どうして避けなかった?」

「言っただろう。俺はお前と会話したいんだ」

「バカの一つ覚えみたいに……まるで石頭だな……」


 ネロは左手の雷気らいきを引っ込める。


「お前、本当にグレイなのか?」

「そうだよ。訳あって十年間眠っていたんだ」

「そんな現象、聞いたことがない。作り話に決まっている」

「でも本当だ。気づいたら十年経っていた」

「にわかには信じかねる」

「証拠になるか分からないが、お前が流星弾コズミックを繰り出す時、ストレートの軌道とカーブの軌道を交互に放つクセがある。昔から変わらない」

「ほう……」


 ネロの目がピクリと動いた。

 自覚はあるらしい。


「だからってお前がグレイという証明にはならない。グレイの記憶を持ったモンスターかもしれない」

「そう言われちゃ、俺も否定できない」


 実力で証明するしかないか。

 グレイは大剣を持ち上げる。


「安い技ばっか使ってんじゃねえよ。流星弾コズミックは小手調べに使う魔法だろう。お前の方こそ、俺が本物のグレイかもしれない、という可能性を捨て切れていないだろう」

「言いやがるな……」


 グレイが挑発したことで、ネロの顔に酷薄こくはくな笑みが浮かぶ。


「いいだろう。試してやる。オイラが知っているグレイなら、ギリギリ耐えられるであろう技でな。これが本当の証明だ」

「上等じゃねえか。来いよ、オニキスの魔剣士」


(さすがに魔剣は解放してこないよな……)


(でも、ネロって、昔から手加減とか下手くそな印象が……)


(ええい、ままよ! 旧友を信じるしかない!)


 友情パワーという、理屈じゃないやつに、グレイは賭けることにした。


「お前たち、刮目かつもくせよ! これが魔剣士の出力百パーセントってやつだ! 一年に一度しか見せね〜からな!」


 ネロは左手の親指と中指と薬指をくっつけた。


「おいおい……お前、それは……」


 雷公鞭サンダー・ボルト

 竜のシルエットを借りた紫電が飛び出す。

 グオォォォッ! と咆哮ほうこうを上げた竜は、ムチのようにしなりながら襲来し、グレイを殺すべく噛みついてきた。


 ……。

 …………。


「おや? 雷鳴ですか……空は晴れているのに……」


 同刻。

 ペンドラゴンの王宮にて。


 もっとも見晴らしのいい一室に、聖女のように清らかな女性がおり、キョトンと小首をかしげた。


 特徴的なのは、淡いブルーの瞳と、月光をより合わせたような銀髪だ。

 高級感あふれるワンピースドレスをまとっているが、年齢はまだ若い。

 十八歳である。


 彼女の作業机には、うら若いレディには似つかわしくない剣が立てかけられている。


 魔剣アポカリプス。

 この世でもっとも気位きぐらいが高い剣とされている。


 それもそのはず。

 前回の所有者は、三百年前に活躍した女性、三代目ミスリルの魔剣士エリシアなのだ。


 雷鳴はそれから二回、三回と続いた。

 しかも回を重ねるごとに大きくなる。


「ふむ……」


 女性はサファイア色の目を細めて、右手の羽根ペンをスタンドに戻す。


「様子を見にいくべきでしょうか。どう思います?」


 心配の声に反応したのは側に控えている女騎士だ。

 年齢は三十くらい、深い赤銅色しゃくどういろの髪をしている。


「ネロの仕業かもしれません。演習中、張り切りすぎることがあります」

「怪我人が出ないといいのですが……かなり強力な魔法を使っていますよね」

「中身は三十七ですが、体は子供なので、血気が盛んなのです。悪い男ではないのですが」


 ドレス姿の女性は困ったように笑う。


「申し訳ありません、レベッカ。少し様子を見てきてくれませんか。もしかしたら、街中に魔物が出たのかもしれません」

「承知です」


 ぺこりと一礼した女騎士は、半円形のバルコニーに立つと、城下に向かって大きく跳躍した。

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