第18話 オニキスの魔剣士・ネロ

 考えるより先に体が動いた。

 グレイは少年みたいに手を振った。


「よう! ネロ!」


 白いローブの人物が振り返る。

 残りの瞳も一斉にこっちを見つめる。


「久しぶりだな、ネロ!」


 懐かしくて涙が出てきそうだ。

 魔剣士をやっている以上、いつ殉職してもおかしくないのに、旧友はこの十年生き抜いてきた。

 現役の魔剣士として。


「誰だ、あんた」


 ところが返ってきたのは冷たい一言。


「俺だよ、俺」

「気安く名前を呼ばれる覚えはないね」


 もっとも背丈の小さい人物が言う。


 ネロは十四歳くらいの子供にしか見えない。

 外見こそ美が付くほどの少年だが、中身はまがうことなき実力者だ。


「人違いじゃないの。いちおう自己紹介しておくと、オイラはオニキスの魔剣士ネロだぜ」

「知っている。一緒にここで特訓したよな。ベンチ裏に名前を彫ったりとか、楽しかったよな」


 ネロは明るい鳶色とびいろの目を細める。

 昔を思い出すように、カールした白髪をクシャクシャした。


「ほら、俺だよ。覚えているだろう」

「この声……誰かに似ていると思ったら……まさかグレイなの?」

「そうだ! グレイだ!」


 感動の再会となる。

 そんな期待は一発で打ち砕かれる。


「黙れ! ニセモノ!」


 ネロは腰の剣に手をかけた。


「無礼なやつめ! 修練中に声をかけてくるのも言語道断だが、グレイの名をかたるとは! この場でオイラが成敗してやる!」

「落ち着けって! 俺が本物のグレイだって!」


 簡単に分かり合えるはず。

 その見込みが甘かったと、次のセリフで思い知らされる。


「お前がグレイなわけない! だったら、なぜ愛弟子のエリシアを一人にした⁉︎ なぜ十年も会いに来なかった⁉︎ 彼女がどんな想いで今日まで生きてきたか想像できるか⁉︎」

「それは……」


 旧友に敵意を向けられたせいで、伸ばしかけたグレイの左手が迷子になる。


 分かってほしい。

 でも言葉が思いつかない。

 こんな感情、本当に久しぶりだった。

 そして何より……。


「グレイは戦って死んだ! オイラの誇り高き戦友だ! その名を騙ることだけは絶対に許さない!」


 ネロが目を怒らせる理由。

 それは二人が戦友だから。


「待ってくれ! どうやったら信じてくれる!」

「ありえないね! 死者が生き返るなんて! ミスリルの魔剣士の力をもってしても不可能だ!」

「せめて話だけでも聞いてくれ!」

「お前はグレイじゃない! 亡霊だ! 見た目だって二十代のままじゃないか! グレイが生きていたら三十七のおっさんだ! 顔にはシワがあるし、髪には白いものが混ざっている!」

「おっさんって……。ネロだって中身は三十七だろう⁉︎」

「オイラは魔剣の影響だ! 一緒にするな!」


 臨戦モードに入ったネロは見習いたちに退避を命じた。


「人間に化けるモンスターか……。あるいは死体を操るモンスターか……。油断させてオイラを殺そうって作戦だろうが、そうはさせるかよ。化けの皮をはいでやる。絶対に許さない」


 ネロは冷徹れいてつな声で言う。

 グレイを殺処分すべきターゲットとして認識している。


 どうする……。

 今のネロの実力は分からない。

 グレイと互角かもしれないし、それ以上かもしれない。


 やるか。

 旧友にグレイの実力を示す。

 でも、大怪我するようなことがあったら、何のための再会か分からない。


「落ち着いて聞いてくれ、ネロ。俺はエリィに会いたいんだ。彼女のところへ案内してほしいんだ」


 忌々いまいましそうに舌打ちされた。


「気安くエリィとか……どこまでも無粋ぶすいなやつめ……」


 ネロのこめかみに青筋が立つが、理由の分からないグレイは顔をしかめる。


「くそっ……変わらねえな、お前は。いったん怒ると聞く耳を持たない」

「生前のグレイみたいなことを言いやがって。とにかく正体をあばいてやる。観念しやがれ。この外道モンスターめ」


 グレイは大剣を持ち上げる。

 しかし腕は小刻みに震えている。


 まさか復帰の一戦目がオニキスの魔剣士とは……。

 最悪だ、手の内を知り尽くしているという意味でも。


 グレイは一歩引いた。

 ネロが一歩進んだからだ。

 心は正直なので『戦いたくない』と訴えてくる。


 でも、抵抗しないと死ぬ。

 確実に命を狩られる。


 仲間だった時、ネロはとても頼もしい存在だったが、敵に回したら厄介なことの裏返しに他ならない。


(どうする……どうする……どうする……)


激昂げっこうしたネロは強いぞ……)


(大技を放って、グレイ本人であることを示すか?)


(いや、一帯を吹き飛ばす技だから、人や建物に大きな被害が出てしまう)


(かといってネロが消耗しょうもうするまで防戦するのも、可能か不可能かでいえば後者だろう)


 そんなグレイの迷いを見透かしたように、ネロはどんどん距離を詰めてきた。


「お前たち、これから見学の時間だ。オイラが魔物の狩り方を教えてやるよ。一度しか見せね〜からな」


 ネロは大きくジャンプした。

 ローブから伸びる左手がバリバリと黒い雷気らいきをまとった。


 流星弾コズミック

 高出力のエネルギー弾を生み出すと、地面のグレイ目がけて放ってきた。

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