第99話 期待が人を追い込むこともある

「うぇ……吐きそう……」


 グレイはグロッキー状態で帰ってきた。


 順位は八人中ぶっちぎりの最下位。

 タイムリミットまで戦い抜いた自分を褒めてあげたい。


「パパ、顔色が悪いの」

「胃袋が内側から破裂しそうだぜ」


 気絶しそうなグレイの手にファーランが一杯の水を持たせてくれた。


「グレイのかたきは私がとってきます」

「無茶するなよ、ファーラン」

「ママ〜! 頑張れ〜!」


 ファーランもエリシアも予選の早食い勝負は勝ち抜いている。

 これから開かれるのは八名による女性部門の決勝。


 選手たちが次々とコールされていく。

 ステージ上に上がったファーランに、グレイたちは手を振った。


「ドラゴニアからやってきました、コクリュウと申します。夫の仇をとるつもりで戦います」


 ファーランは黒髪美女なので、司会役の鼻の下も長くなる。


「美しきママさんも気合い十分だ〜!」


 盛大な拍手が湧き起こり、いいぞ〜! 優勝しちまえ〜! というギャラリーの歓声が加わった。


「ここは食で競い合う場なんだよ!」

「ワンピース姿なんて勝負を舐めているのかい!」


 二名の選手がファーランに噛みつく。

 それを仲裁したのは前回の優勝者。


「やめな、お前たち。この女、間違いなく猛者もさだよ。見て分からないのかい」

「いやいや……」

「明らかに弱そうな……」

「人を見た目で判断したら痛い目見るよ。勝負が始まれば分かることさ」


 結局、ファーランの強さを見抜いたのは彼女一人だけだった。


 席についた八人の前に料理の皿が置かれる。

 銀のフタが外されると、山盛りのゴマ団子が姿を現して、グレイを重苦しい気持ちにさせた。


「見て見て! パパ! あれってドラゴニアの料理じゃない⁉︎」

「うぇ……見ているだけで吐きそうだ」

「この勝負、ママに有利だよ!」

「どうかな……」


 魔剣士は基本、粘り強い。

 簡単には心が折れないし、限界に挑むのは得意だろう。


(魔剣士としてのプライドが悪い結果を招かないといいのだが……)


 グレイは無意識のうちに手と手を組んでいた。

 神様に祈りを捧げるみたいに。


「勝負が始まった! がんばれ〜! ママ〜!」


 エリシアの声援を受けたファーランはスタートダッシュを決める。

 周りの選手が慣れないゴマ団子に苦戦する中、すいすいと胃袋に収めてしまう。


(暫定トップか……暫定だが)


 前回の優勝者はファーランのペースを確認して、馬力を一段階上げて、他の選手を引き離していく。

 やはりというべきか、一騎討ちになりそうだ。


「やるね、あんた」

「あなたもね」

「ふん、見込んだ通りだ」


 一人が脱落し、また一人が脱落し、気づけばステージ上の選手は二人になっていた。

 司会役の声もヒートアップしていく。


「がんばれ! がんばれ! ママ!」

「エリィ、それ以上応援するとマズい。頑張れという言葉は、時に人を追い込む」

「えっ……」


 恐れていた瞬間は急にやってきた。


 カタン、と。

 ファーランが椅子を蹴って立ち上がったのである。


 とっくに限界だった。

 格好いいところを見せたくて、エリシアに優勝の報告をしたくて、追加で三個のゴマ団子をねじ込んだ。

 限界の壁を突き抜けたという、それだけの話。


「それじゃ……それじゃ……ママは……」

「すでに意識が飛びかけていた。そこに三個も詰め込んだから、視界は真っ白になっていると思う」

「うぅぅぅ〜〜〜」


 涙ぐむエリシア。

 ファーランがリタイアした数秒後、ステージ裏から盛大に嘔吐おうとする声が響いてくる。


「勝負ありぃ!」


 優勝者の名前がコールされた。


 ……。

 …………。


 グロッキー状態のファーランが帰ってきたのは、これから決勝に臨むべく、エリシアが気合いを入れている最中だった。


「すみません、エリシア。私としたことが情けない姿をさらしてしまい」

「いいの。ママは格好よかった」

「エリシア……」


 グレイは横から咳払いする。


「普通に考えたら優勝の可能性が高いのは子供部門のエリシアだよな。だが、分かっているよな」

「魔剣士が市民の大会を荒らしたらダメなんだよね」

「そういうこと」


 参加すること自体に問題はない。

 が、優勝トロフィーは市民に渡すべき。


「大丈夫だよ。エリィ、ギリギリ負けてくるから」

「おう、行ってこい」


 ようやく人心地ついたファーランが小さく笑う。


「エリシアは余裕ですね。ギリギリ負けるですって」

「もう勝った気でいるな。そこがエリシアらしい」


 優勝したいのは全員一緒。

 さっそく決勝メンバーの少年がエリシアに突っかかる。


「お前、舐めてんのか」

「ん? エリィに言ってるの?」

「どう見ても八歳くらいだろう。これは十二歳以下の部門だぜ。なんでお前みたいなチビ助が参加しているんだよ」

「予選を勝ち抜いたら」

「そうじゃねぇ!」


 悔しそうに床を踏む少年。


「お前は場違いって言いたいんだよ。まあ、いい。すぐ分からせてやる」

「うん! 正々堂々勝負しようね!」

「こいつ……」


 握手すべく自分から手を差し出すのがエリシアらしいと思った。

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