第98話 市民の大会を荒らすのはNGだが

「次はあのお店に行きたい!」


 グレイたちは飯屋を数軒ハシゴした。

 行きたいお店をエリシアが決めて、『いいですね! 行きましょう!』とファーランが便乗する形だ。


 心配なのが正体バレ。

 今のところエリシアの愛らしさが注目されることはあっても、常人ならざる魔力を秘めていることが発覚した様子はない。


(しかし、世の中には他人の魔力を見抜ける人間もいるからな……)


「あなたの目、きれいね。ミスリルの魔剣士様みたい」

「はい、よく褒められます」

「おい……」


 店員さんが去ってから、グレイはしかめっ面を向ける。


「隠す気がないな」

「まあまあ、良いじゃないですか、グレイ。こんなに可愛いのですから。自然体で行きましょう」


 ファーランが子煩悩こぼんのうみたいなことを言う。

 ずっと理性を欠いており、グレイは何回目か分からないため息をつく。


「でも、グレイが羨ましいです。エリシアを連れて世界中を旅していたのですよね」

「エリィが八歳になるまでな。ペンドラゴンでは犯罪が日常だから。幼いエリィに汚い世界を見せたくなかった」

「優しいじゃないですか〜」


 アルコールを飲んだわけじゃないのにファーランの頬はピンク色に染まっている。


「にしても、エリシアはたくさん食べますね。昔からですか?」

「魔力量がずば抜けているせいだ。子供時代から食べようと思えばバカみたいに食べられる」

「はむはむ……」


 魔剣士の例にもれず、グレイやファーランも食べる方だが、胃袋のキャパシティでいうとエリシアが上。

 細い体のどこに空間があるのか疑問に思ってしまう。


「エリィ、あれに出場したい」


 壁のところに張り紙があり、大食い大会の案内だった。

 部門が三つあって、男性部門、女性部門、子供部門となっている。

 しかも開催日は今日ときた。


「エリィ一家で優勝を総ナメする。パパとママも出るべし」

「ダメですよ! エリシア! 公職にある者が市民の大会を荒らすのは! 褒められた行為じゃありません!」

「ママ、もう勝った気でいる」

「なっ⁉︎」


 ファーランが首まで赤くなる。


「ペンドラゴンの大会のレベルを舐めている。死ぬ気でいかないと優勝は無理なの」

「いいでしょう! 私も竜を狩るだけが能じゃないってことを証明しましょう!」

「熱くなるな、ファーラン。竜を狩るだけで十分だぞ」

「他人事じゃありませんよ、グレイ」

「おい……」


 まいったな。

 本当に一家で参加するらしい。


「パパも出るの。格好いいところ見たい」

「調子がいいな、本当に」


 上目遣いを向けられると首を横に振りにくいグレイであった。


 ……。

 …………。


「レディース&ジェントルメン! 年に一度の祭典、フードファイトの決勝だ〜!」


 華やかなジャケットを羽織った司会役がステージ上で華麗なターンを決める。


「予選を勝ち抜いた面々はこちら! 盛大な拍手を!」


 ステージの端っこ。

 予選を勝ち抜いたメンバーの中にグレイも含まれていた。


(しまった……)


(まさか予選を勝ち抜くとは……)


 ギリギリ予選落ちを狙ったわけであるが、一名が体調不良を起こしてしまい、繰り上がりで決勝メンバーに選ばれたのである。


 グレイは痛むこめかみを押さえつつ、これから戦うことになる面々をチェックした。


 どいつも猛者のオーラが出ている。

 普通にやったらグレイの最下位が確定だろう。

 前回の優勝者か、前々回の優勝者か、優勝の本命はこの二人。


「パパ〜! 頑張って〜!」

「やめなさい。恥ずかしいから」


 ファーランに抱っこされたエリシアが手を振りまくるものだから司会役も食いついた。


「今日はお父さんの応援に来たんだ?」

「うん、エリィね、とても重い病気にかかっているの! お医者さんは治らないって言ったけれども、パパが優勝したら治るの! だって神様と約束したもん!」

「なんて泣かせる話なんだ〜!」


 ライバルがグレイの顔を凝視してきたので、


「いや、嘘なので。皆さんは本気を出してください」


 と訂正しておいた。


(危ない、危ない)


(本当に優勝しかねない)


 一人一人自己紹介していく。


「え〜と……ペンドラゴンに住んでいるグレ……じゃなくて、グラムと申します。予選を勝ち抜いたのは嬉しい誤算でした。とりあえず頑張ります」


 パチパチパチとまばらな拍手が起こる。


「決勝のメニューはこいつだ!」


 ド〜ン! と。

 大量の揚げパンが出てきた。

 甘ったるいクリームが添えられている。


 あ、負けたな、とグレイは確信する。

 油をたっぷり使った料理は胃がそこまで受け付けない。


「美味しそう! エリィも食べたい!」

「はいはい、後で買ってあげるから」


 開始を告げるゴングが高らかに鳴り響いた。

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