第50話 俺、いつか本物の魔剣士になるよ
グレイは家へと続く道を一人で歩いていた。
(もう……ミケったら)
(本当に人たらしだよな……)
(大体、俺とミケは身分が違うから、本当は話しちゃいけない相手なのに……)
グレイが思い出したのは、ミケーニアの父の姿。
この土地では誰よりも偉い人が、魔剣士に向かってペコペコ頭を下げた。
もし、万が一、グレイが魔剣士になったら……。
ミケーニアの両親からディナーに招待されるかも。
悪くないアイディアだ。
グレイにも少年らしい野望があり、それは、
『一回でいいから、二人の間に柵がない状態で、ミケーニアとおしゃべりしたい!』
という笑っちゃうような目標だった。
(魔剣士……目指してみるか)
(ダメ元でいいから、弟子にしてください、てお願いしてみよう)
(お願いするだけなら、タダだし)
グレイは足を止めた。
実家の窓が開いており、中に客人らしき姿が見えたのだ。
(誰だろう?)
(借金取りじゃなさそうだが……)
グレイは姿勢を低くして、ネズミみたいにコソコソ移動する。
窓の下のところで耳を澄ませる。
「もうすぐ帰ってくると思いますよ。今、長男と三男と四男に探させています」
(もしかして、俺を探しているのか?)
父の声は上機嫌だ。
気味が悪いほどに。
「あっ! グレイお兄ちゃん、見つけた〜!」
窓から金髪の女の子がひょっこり顔を出してきた。
「うわっ! びっくりした!」
「また領主様のところ? みんな探したんだからね」
「悪かったよ。勝手にいなくなって」
「ほら、早く入ってきて」
やれやれ顔の妹を尻目に、グレイは重い足取りで中へ入った。
兄弟がグレイを探し回っている時、決まってペナルティが待っている。
(あ〜あ、ミケと話せて楽しい気分だったのに……)
客人を目にしたグレイは呼吸を忘れそうになる。
長剣。
額の傷。
長いポニーテール。
間違いない、憧れの魔剣士がいたからだ。
(なんで我が家に⁉︎ そっくりさん⁉︎)
そんなグレイの動揺を見透かした女性は、
「やあ、また会ったね、グレイ」
と優しい声で呼びかけてくる。
(しかも名前を覚えられている⁉︎)
「ちょっと、グレイ、こっちへ来なさい」
父に呼ばれて寝室へ向かう。
そこには落ち着かない様子の母もいた。
「また領主様の屋敷へ行っていたのか?」
「そうだけれども……悪い?」
「いや、今はいい。これから真面目な話をするぞ、グレイ。魔剣士様がお前を弟子に、とおっしゃった」
「………………」
「あの方はオリハルコンの魔剣士様だ」
父の声は震えている。
「俺もよく分からん。でも、お前には才能があるらしい。魔剣士様が言うのだから、本当だろう」
「俺が……魔剣士様の……弟子に?」
「そうだ」
女性は昨日、一回だけグレイに触れた。
あの瞬間、グレイの中に眠っている魔力の大きさに気づいたらしい。
「お前は昔からそうだ。魔物に狙われやすかった。お前の俊足がなければ、命が三つあっても足りなかった」
「俺が魔物に狙われやすかったのは、魔力を持っていたから?」
「魔剣士様はそうおっしゃった。修行させた方がいいと」
グレイが魔剣士になれると決まったわけじゃない。
でも、魔物に対抗する
それを伝えるため、魔剣士はグレイの家を訪ねたのだ。
「私は嫌よ。グレイが魔物に食べられるなんて。修行の旅に出すのも嫌だけれども、魔物に殺されるくらいなら……」
母は古い布で目をぬぐう。
(俺が家を出ていくから……)
(父も母もこんなに真剣なんだ)
魔剣士を目指すって、良いことばかりじゃない。
当たり前の事実に気づいたグレイは拳を持ち上げる。
「俺、魔剣士になりたいです!」
ハッキリした声で伝える。
「弟子なんかじゃなくて。いつか本物の魔剣士になるよ。そして父さんも、母さんも、兄ちゃんも、弟たちも、妹も守るよ。領主様も、ミケも、ブドウ畑も俺が守る」
「こら、グレイ」
軽くデコピンされる。
「ミケじゃない。ミケーニア様だろう」
三人の口から笑い声があがった。
「じゃあ、魔剣士様にお願いしないとな。グレイを弟子にしてくださいって」
父から一人前の男として認められた気がした。
《作者コメント:2022/07/04》
Special Thanks, 50 episodes!!
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