第51話 ミケーニアの夢と、ベガの守り石
お別れのため、丸一日の自由時間をもらった。
知り合いのところへ顔を出し、感謝の気持ちを伝えた。
『頑張れよ、グレイ!』
『たまには故郷へ帰ってこいよ!』
『うちの村から魔剣士が誕生したら快挙だな!』
父と母からは新しい剣をもらった。
子供用と呼ぶには重くて長かった。
兄と弟と妹は、なけなしの金を
数えきれないくらい喧嘩してきたけれども、彼らと血がつながっていることを、グレイは天に感謝した。
そしてミケーニア。
別れるのは本当に辛かった。
「ミケとしばらく会えなくなるね」
「グレイが魔剣士様の弟子になるのよ! これって本当にすごいことよ! だから胸を張って!」
「うん……」
ミケーニアはいつだって笑顔だ。
いつも通りが、今日ばかりは複雑なのだ。
「ミケに何個か渡すものがある。まず、これ」
「住所かしら?」
紙切れにペンドラゴンの宛先を書いてある。
「師匠から教えてもらった。家族や友達からの手紙は、そこに送ってもらうようにと」
「本当⁉︎ 必ず手紙を出すわ! きれいな花びらを添えてね!」
「ありがとう。俺もミケに手紙を書くよ」
その前に文字を覚えないとね、と冷やかされたグレイの顔が赤くなる。
「ちゃんと勉強する。それは約束する」
「私の名前は? 今書ける?」
「もちろん」
グレイは地面に『ミケーニア』と書いた。
「うん、正解」
柵の向こうのミケーニアが破顔する。
「それから、これもミケに」
白い石のついたペンダントを渡した。
「師匠から言われた。一番仲の良い子に、これを渡してきなさいって」
「いいの? 私がもらっても?」
「その石には魔法の加護があるらしい」
「どんな?」
「魔物から襲われにくくなるんだってさ。ベガの守り石というらしい。ミケに持っていてほしい」
魔法の石と知ったミケーニアの表情が
「嬉しいわ、グレイ! 私、とっても幸せ!
「この村やミケを守りたくて、俺は魔剣士を目指すんだ。俺が魔剣士になった日、ミケがいないと嫌だからね」
「大丈夫よ。グレイが魔剣士になるまで勝手に死んだりしないわ」
ミケーニアは途中までペンダントを首にかけて、なぜか外してしまう。
「グレイの手で私の首にかけてほしいな」
「上手くできるかな」
柵があるので、ペンダントを落とさないよう慎重にかけてあげる。
「どう? 似合っている?」
「似合っていると思う。たぶん」
「ふふ……」
ミケーニアはグレイの剣を褒めてくれた。
本物の戦士みたいね、と。
「ねえ、グレイ、時間は大丈夫? 良かったら、私の話に付き合ってくれない?」
「ミケの話なら、いくらでも聞くよ」
「ありがとう」
ミケーニアが語り始めたのは夢の話だった。
「本物の魔剣士になるのが、グレイの夢でしょう。だったら、私の夢も教えておくね」
初耳である。
「この村をもっと豊かにしたいの。具体的には、もっと質のいいワインを作りたいの。王都ペンドラゴンでは、私たちの村がどう評価されているか、グレイは知っている?」
首を横に振る。
「ブドウの品質は一流。ワイン作りの技術は三流ですって。それを知って、私は悔しくって、ベッドの中で泣いたわ。だって、最高のブドウが採れるのに、ワインにするのは下手くそってことでしょう」
「ワイン作りの勉強をするの? でも、ミケは屋敷から出るのすら一苦労なんじゃ……」
「勉強の方法なら、いくらでもあるわ!」
ミケーニアはベガの守り石が輝く胸を叩く。
「必ずグレイをびっくりさせるから。この村を豊かにして、今より有名にするから。私は村の内側から。グレイは村の外側から。私たちの故郷に良いニュースをもたらしましょう」
「分かった。二人の約束だ」
「うん! 約束!」
ミケーニアの笑顔に釣られて、グレイの顔もほころぶ。
「しばらく会えなくなるけれども、元気でね、ミケ。君は冬が来るたびに風邪を引くから心配なんだ。病気には気をつけて。たまには外を散歩して。話し相手が欲しかったら、俺の妹を呼べばいい」
「あっ! ちょっと待って! グレイの手を貸して! 左右どっちでもいい!」
グレイは汚れていない左手を差し出した。
ミケーニアの指が手のひらに文字のようなものを書く。
「何を書いたの?」
「秘密のおまじない。グレイが大成功しますようにって。私たちの村から、魔剣士様が誕生しますようにって」
「ありがとう。俺、死ぬ気で頑張るから」
「応援している」
「じゃあ」
「またね」
今度こそ別れの瞬間がやってくる。
(さようなら、ミケ)
(また会おう)
グレイは生まれ育った村を後にした。
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