第52話 大当たりの魔剣、大ハズレの魔剣

「魔剣というのは、普段、ポテンシャルの半分しか発揮しない。自分は神で、使い手は供物くもつくらいに考えている。人間なんて五十年で死ぬだろう、と」


 師匠から多くの知識を吸収した。


 魔力の伸ばし方。

 地形を活かした戦い。

 モンスターとの駆け引き。


 夏の雑草に負けないくらいグレイは急成長していった。


 魔剣に関するレクチャーも受けた。

『私の個人的意見も含むが……』と前置きした上で、師匠は知っていることを全部教えてくれた。


「魔剣には一つ一つ固有の名前がある。夜空の星々に名前があるように」


 師匠は長剣をグレイに持たせてくれた。


 魔剣レギンレイヴ。

 太陽の光を浴びると、シルバーの剣身がほんのり青くなる。


「星というのは、色とか光り方とか意味が一個一個違うだろう。魔剣も一緒だ。私が何を伝えたいか分かるか?」

「いえ、まったく分からないです!」

「はぁ〜、素直だね、君は」


『分からないことは正直に分からないという』

 初日に師匠と交わした約束だった。


「魔剣も一つ一つ違う。大きさも、形も、使い手に与える恩恵も」

「つまり、強い魔剣や弱い魔剣があるってことですか?」

「強い、弱い、か……」


 微妙にニュアンスが違うらしい。


「使い手との相性だな。そして人が魔剣を選ぶんじゃない。魔剣が人を選ぶのだ」

「師匠は魔剣レギンレイヴに選ばれたわけですね」

「そうだ。この子が私を選んだ」


 師匠は青みがかった剣身をチーンと弾く。


「魔剣は生きている。魔剣の意志は確実に存在する。もっとも顕著けんちょなのが、使い手を選ぶシーンだな」


 自分はどんな魔剣に選ばれるだろうか?

 想像するとグレイの胸はワクワクした。


「いかなる魔剣に選ばれても、魔剣士になることは可能だ。でも、大当たりの魔剣と、大ハズレの魔剣はある。どちらも現在は使い手がいない。グレイが選ばれる可能性は低いだろうが、特徴だけ教えておこうか」


 大当たりの魔剣。

 これは魔剣アポカリプスのこと。


 三代目ミスリルの魔剣士エリシアの愛剣だった。

 以降、三百年間使い手が現れていない。


「人格者じゃないと、魔剣アポカリプスは選ばない。知性、責任感、正義感、明るい性格、謙虚な姿勢、そして圧倒的な魔力。すべてを兼ね備えて、人々から愛されし者のみ、魔剣アポカリプスを使いこなせる。条件が厳しい分、その実力はあらゆる魔剣の中で最高峰だ。まあ、魔剣エクスカリバーは伝説とされているから、比較できないが……」


 魔剣アポカリプスの使い手が現れた場合……。

 四代目ミスリルの魔剣士になれるだろう、と師匠は予想する。


「そして逆のパターン。コイツにだけは選ばれたくない、という魔剣も存在する」

「逆にそっちの方が気になります」

「そいつの名は……」


 魔剣エルドリッチ。

 腐食と再生を司る、おぞましい魔剣。


「魔剣エルドリッチは、使い手に再生能力を与える。上級モンスターのようにな」

「すげぇ! それって無敵じゃないですか⁉︎」

「いやいや、デメリットが大きい」


 師匠は魔剣エルドリッチのことを『ド畜生』の『ヤンデレ』と呼んだ。


「魔剣エルドリッチは使い手を顔で選ぶ。十六歳に満たない美少年か美少女だ。もちろん、魔力に優れていることが条件だがな」


 魔剣エルドリッチに選ばれた者は、外見が一切老けなくなる。

 心の成長も子供のままストップする。


「魔剣を解放する手段も辛い。毎回、自分の手首に魔剣エルドリッチを突き刺さないといけない」

「それって死ぬじゃん⁉︎ あ、いや、再生能力があるから死なないのですね」

「そうだ。でも、死ぬほど痛い。死にはしないが」

「うわぁ……」


 グレイの腕に鳥肌が浮いてきた。


(俺って、美少年に生まれなくて良かった……本当に良かった……父さんがブサイクで)


 魔剣エルドリッチの使い手は、長生きする傾向にあるそうだ。

 もちろん、再生能力の恩恵である。


「もっとも辛いのは、仲間の死をたくさん目にすることだろう。魔剣エルドリッチの使い手は、生存率が高いから」


 その分、散っていった仲間の想いを背負うことになる。

 他の誰よりも。


「心を痛めてしまったせいで、戦う目的を見失ってしまう魔剣エルドリッチの使い手は多かった。腐食……それは魔剣エルドリッチが、使い手の精神をむしばむという意味なのだ」


 心は子供のまま。

 尚更なおさら、ダメージは大きい。


「グレイの仲間が、もし魔剣エルドリッチに選ばれてしまったら……」


 師匠の手が肩に触れてくる。


「お前が一番の理解者になってやれ」

「質問です。途中で出てきた、ヤンデレって何ですか?」

「それはグレイが大人になったら分かる」


 ……。

 …………。


 それから数年後。

 グレイは魔剣グラムに選ばれた。


 翌年、ハイランド東部にアヴァロンが出現。


 地元の人々に対する被害は軽微だったが、四名の魔剣士が落命した。

 加えて、一名の魔剣士がリタイア不可避の大怪我を負った。


 グレイは師匠の遺命に従い、オリハルコンの魔剣士を継承した。

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