第53話 エリシアと出会った日

 大打撃だった。


 一度に五人の魔剣士を失った。

 百年に一回くらいの大ダメージだろう。


 グレイは強烈なプレッシャーを感じていた。

 同期と会うたびに、


「俺たちが死んだら、後がね〜ぜ」

「分かっている。絶対に生き延びろよ、ネロ」

「もちろん。ルビーが空席なんだ。七人そろうまで死ねるかよ」


 そんな会話を交わした。


 有望株はいた。

 騎士の家系に生まれたレベッカだ。

 当時、十歳の女の子なので、まだ魔剣にも選ばれていなかった。


(俺たちが国を守らないと……)


(次のアヴァロンが出るまでに、戦力を充実させる)


(そして国民を安心させる)


 忙しくてもミケーニアとの手紙の交換は続けていた。

 戦いに明け暮れるグレイにとって、唯一のいやしに等しかった。


 ミケーニアの身には、一つの幸運と一つの不運が降りかかっていた。


 結婚したのだ。

 十八歳の時だった。


 相手はワイン作りで有名な村の領主。

 ミケーニアは念願だった一流の技術を手に入れたのである。


 しかし、結婚生活には呆気あっけなくピリオドが打たれてしまう。


 疫病えきびょうが発生。

 夫に先立たれてしまう。


 夫の葬式の後、ミケーニアは故郷へ戻った。

 そこで女の子を出産した、と手紙の中に書かれていた。


『グレイがとても忙しいのは知っている』


『でも、久しぶりに一回会いたいわ』


『お返事をちょうだい』


 グレイは頭を抱えた。


(俺だって会いたいよ、ミケ)


(でも、魔物が次から次へと湧いてくるんだ)


(体が三つくらい欲しい気分なんだよ)


(いつか任務で故郷の近くを通る)


(その時まで待ってほしい)


 ミケーニアに会える目処めどがついたのは、手紙をもらってから三ヶ月後のことだった。


 ……。

 …………。


「なんだ……これは……」


 故郷が燃えていた。

 一目で七大厄災パガヌスの仕業だと分かった。


 生存者を探した。

 実家の近くの道で、変わり果てた姿の弟を見つけた。


「大丈夫か⁉︎ しっかりしろ!」


 弟を安全な場所まで運んだ。


「一体、何があった⁉︎」

「グレイ兄ちゃん……」


 いきなり大きなモンスターが村を襲ってきた。

 それから小型モンスターの大群が押し寄せてきた、と弟はいう。


「俺のことはいい……領主様を……ミケーニア様と……その娘を……」


 グレイの腕の中で、弟は息を引き取った。


「くそっ……」


 すぐに駆け出した。

 見かけた小型モンスターは、すべて斬り殺した。


「ミケ!」


 門が壊れている屋敷に入る。


「おい! 誰かいるか⁉︎」


 見つけたのは使用人。

 虫の息だが、かろうじて目に光がある。


「俺だ。オリハルコンの魔剣士グレイだ」

「おお……グレイ……様」


 口から血の泡が飛ぶ。


「あちら……です……ミケーニア……様は……」


 指し示されたのは寝室だった。


「俺だ! ミケ! 聞こえていたら返事をしてくれ!」


 彼女はいた。

 胸元を真っ赤に染めて。

 ゼェゼェと息を荒らげて。


「ミケ……」


 手遅れだった。

 間に合わなかった。

 ミケーニアを救えなかった。


 それなのに彼女は、


「よかった……グレイに会えて……」


 と笑った。


「本物のグレイなのね」

「そうだ。魔剣士のグレイだ」

「本当に来てくれたんだ」


 グレイには夢があった。


 柵がない状態でミケーニアと話してみたかった。

 もっと近くで彼女の体に触れてみたかった。


 ミケーニアの髪は柔らかいのか、冷たいのか、軽いのか、自分の手で確かめてみたかった。


 ミケーニアの体重を支えてみたい。

 すらっとした腰に手を回してみたい。


 好きだから。

 誰よりも愛しているから。


 夢が叶ってしまった。


 最悪の形で。

 最後の最後で。


「ミケ……俺は……あの日の約束を……」

「謝らないで、グレイ」


 血でれたミケーニアの手が触れてくる。


「あなたは本物の魔剣士になった。私たちの夢は、半分叶ったのよ」

「でも、ミケは……」


 淡いブルーの瞳が笑う。


「昔、グレイが村から旅立った日、覚えている? あなたの手におまじないを書いたことを」

「ああ、覚えているさ」


 グレイが大成功するように。

 この村から魔剣士が誕生するように。

 そんな秘密のおまじない。


「あれ、嘘なのよ。本当はあなたの手に……」


 グレイのことが好き。


「そんなメッセージを書いたの」

「なんてことを言うんだ、君は。俺は余計に……悲しくなる……」

「ごめんなさい、グレイ。身分なんて憎らしいわね。本当に言いたいことも言えないなんて。ごめんね、今さら古い話を持ち出して」

「もういい、もういいんだ、ミケ。謝らないで」


 ミケーニアの震える手がクローゼットを指差した。

 グレイが開けると、中で女の子が眠っていた。


 外傷は一つもない。

 首にペンダントがかかっている。


 ベガの守り石。

 ずっと昔、ミケーニアに渡したシーンを思い出した瞬間、グレイの目から涙がこぼれた。


(ミケは自分よりも娘を……)


(だから、俺を見て笑顔に……)


「グレイに最後のお願い。どうか、私の娘を……」

「分かっている。分かっているよ、ミケ。領主様の一族を守るのは、俺たちの使命だ。だから守り抜くよ。この子は俺の命に代えても守り抜く。俺の剣に誓って守り抜くから」

「ありがとう。あなたは村の誇りよ」


 ミケーニアの心音が弱くなっていく。

 完全に止まってしまうまで、グレイは彼女を抱いていた。


(さようなら、ミケ)


(今度こそ本当にさようなら)


(君のことが好きだった)


(君の笑顔が好きだった)


(守れなくて、ごめん……)


(間に合わなくて、ごめん……)


(君が本当に辛い時、側にいてあげられなくて、本当にごめん……)


(ミケが応援してくれたから、俺は魔剣士になれた)


(ミケが信じてくれたから、俺は魔剣グラムに選ばれた)


(この剣は俺一人の剣じゃない)


(俺とミケの剣なんだ)


(二人の剣なんだ)


(君が俺に剣をくれたんだ)


(守るための武器を与えてくれた)


(だから戦うよ)


(この命が尽きるまで、この身が骨になるまで、俺は戦い抜くよ)


 全員が、死んだ。

 一人残らず死んだ。

 ミケーニアの娘、エリシア以外は天へ召されてしまった。


 ブドウ畑が燃えていく。

 二人の思い出が灰になる。


 グレイとミケーニアの故郷は、文字通り、地図からその姿を消してしまった。


(エリシア……)


(君はミケが生きた証)


(ミケが何よりも守りたかったもの)


(だから……どうか……お願い……)


(母親の分まで幸せになってほしい)


(君には笑顔でいてほしい)


 グレイは自分に贖罪しょくざいという試練を課した。

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