第54話 最高の一撃には最高の一撃を返す

「何一つ守れてねぇじゃね〜か、グレイ!」


 ネロの剣が圧を増した。

 一瞬とはいえ、グレイに押し勝つほどに。


 ここは礼拝堂である。


 激しいバトルのせいで、十三体あった神々の像はボロボロになり、一体も原形をとどめていない。

 クロヴィスが生きているのが奇跡的なくらいだ。


 痛い、辛い、苦しい。

 そんな感情はとっくに死んでいる。


 どうやってエリシアを奪還するか。

 グレイの頭を支配するのは、その一点のみ。


(おい、魔剣グラム……)


(聞こえているか、魔剣グラム……)


憤怒ふんどと破壊をつかさどる者よ)


(お前の力、こんなものじゃないだろう)


(半分だろう……だから、残りの半分も貸せよ)


(ミケの分だ、お前は二人の剣だから)


(今回だけでいい)


(エリィを取り戻すために……)


(あの子はミケの一番大切なものだから)


(役立たずのデクの坊じゃないなら……)


(お前の力、全部出してみろよ!)


 グレイの手に、トクン、と鼓動が伝わってきた。


 トクン、トクン、トクン……。

 鼓動は段々と強くなる。


 魔剣グラムの黒い炎が勢いを増した。

 赤い血管のような筋が、剣身を埋め尽くすように浮いてくる。


 これが本来の姿。

 主人である魔剣が、使い手のため、初めて本領を発揮した。


『役立たずとは呼ばせない!』

 その一点で二つの気持ちは一つになった。


 放つ。

 ありったけの一撃を。


 黒い炎が刃となり、魔剣グラムの間合いを伸ばし、ネロの体を思いっきりとらえた。


 黒き一閃ブリュンヒルデ


 敵を裂く。

 再生が追いつかないほどに。


「くそっ……」


 大量の血をまき散らしたネロは、何とか踏ん張ったが、グレイは追い討ちをかける。


 もう一発。

 黒き一閃ブリュンヒルデを叩き込む。


 今度はネロの体を両断した。

 と思ったが、斬ったのは紫電だった。


 フェイク。

 ネロは魔力で自分の分身を生み出したのだ。

 ニセモノの体が雷火スパークとなって消える。


「これで終わりだ、グレイ!」


 本物のネロは大剣をくぐっている。

 その左手には竜のシルエットが完成している。


 繰り出してくる。

 がら空きになったグレイの脇腹に、ネロ渾身こんしんの雷撃が突き刺さる。


 零距離雷公鞭サンダー・ボルト・ゼロ


 最高の一撃には最高の一撃を返してくる。

 ネロは昔からそういう男だった。

 心が少年だった。


 竜の牙がグレイの腹部にめり込んだ。

 防護結界シールド肉体鋼化メタリカを足し合わせることで、かろうじて致命傷はまぬがれた。


「教えてやるよ、ネロ!」


 振り下ろす。


「これが守りの剣の強さだ!」


 三回目の黒き一閃ブリュンヒルデを叩きつける。


 今度は命中した。

 黒炎をまとった大剣の切っ先が、ネロの体とハーデス神の棺石ひつぎいしをとらえて、小さな亀裂を刻み込んだ。


 ピキッ!


 神話の一ページのように……。

 戦乙女ヴァルキリーの軍勢が、ハーデス神の野望をくじいた時のように。


 アーサー王の残した魔法道具マジック・アイテムを破壊した。


 ……。

 …………。


 グレイの胸元に柔らかいものが触れた。


「もうやめてください!」


 覚えのある声がいう。


「これ以上は戦わないで!」


 背の高さはミケーニアくらい。


「もう傷つかないで!」


 髪色だってミケーニアと一緒。


「二人の声が聞こえていました! 二人の顔が見えていました! 私はとっても辛かったです! 師匠もネロも私を育ててくれた恩人なのに、その二人が争うなんて……」


(ミケなのか?)


 いや、違う。

 これほど膨大な魔力の持ち主、世界に一人しかいない。


「エリィ……なのか?」

「はい、師匠のエリィです」


 エリシアの顔は涙でくしゃくしゃに濡れていた。


 目元が赤い。

 実年齢より幼く見える。


 エリシアが戻ってきた。

 石から出すことに成功した。


 安心すると同時に、すべての傷口が一気に開き、痛さでひざを折りそうになる。


「師匠⁉︎」

「大丈夫だ。一人で立てる」


 前にぐらついたせいで、エリシアとの距離が近くなる。


「どうして……どうして……」


 淡いブルーの瞳から真珠のような涙がこぼれる。


「師匠とネロが争うのですか⁉︎ 互いを傷つけ合うのですか⁉︎ どちらも国のことを想い、人々のために戦ってきた英雄じゃないですか⁉︎」


 グレイは言葉に詰まる。


「同じ日に師匠を失い、同じ日に魔剣士となり、大変な十年間を支え合ってきた親友じゃないですか⁉︎」


 そうだ。

 ネロは親友だった。

 だからこそ剣で決着をつけようとした。


「師匠もネロも、互いの強さを認め合い、互いを尊敬しているじゃないですか⁉︎」


 言葉じゃ分かり合えないと思ったから。

 この魔剣士を止められるのは、自分しかいないと思ったから。


「辛いです……辛すぎます……師匠とネロには争ってほしくありません。いつまでも仲良しでいてほしいです。エリィ、エリシア嬢って呼びかけてほしいです。魔剣士の一人として、私のことを支えてほしいです。こんな……頼りない……無知で……おっちょこちょいで……気合いが空回りしてしまう……ミスリルの魔剣士を……」

「エリィ……」


 手に落ちてきた涙の温かさが、怒り狂っていたグレイの心をしずめてくれた。


(でも、ネロは……)


(二人とも限界だった)


(もしかしたら、ネロの魔力は、もう枯渇こかつして……)


 視線を転じる。


「おい! ネロ! しっかりしろ! ネロ! 死ぬな! 返事をしてくれ!」


 瀕死ひんしのネロに呼びかけるクロヴィスは、息子を失いたくない父親に似ていた。

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