第29話 過保護すぎますよ、師匠

 グレイに与えられたミッション。

 それは一ヶ月エリシアの護衛を務めることだった。


 修練場をぶっ壊したペナルティも含まれているから、手抜きする訳にはいかない。


(でも護衛って必要だろうか?)


(エリィがこの地上で最強なのだが……)


(いやいや、深い意味があるのかもしれない)


 その日から魔剣グラムを装備したグレイが王宮に住むようになった。

 弟子を信頼しきっている師匠の頭には、


『グレイを近くに置きたくて、エリシアが護衛役に任命した』


 なんて打算が浮かぶはずもない。


 ミッションにはご褒美がある。

 一ヶ月エリシアを守り抜いたら、オリハルコンの魔剣士に復帰できる。

 よって頑張らない理由はない。


(…………………………しかし、ひまだ)


 グレイは欠伸あくびを噛み殺す。

 王宮で起こるアクシデントといえば、窓ガラスが割れたとか、雨漏あまもりしたとか、モグラが庭に穴を掘ったとか、微笑ましいものばかり。


 仕事がないのも苦痛だな。

 仁王におう立ちに飽きてきたグレイの前を、複数のメイドが横切っていく。


「あっ、グレイ様だ」

「今日もエリシア様を守っている」

「石像みたいにピクリとも動かないのね」

「もうすぐ魔剣士に復帰されるそうよ」

「最近のエリシア様、幸せそう」


 王宮で働くスタッフの顔も徐々に覚えてきた。

 十年前の新人が中堅ポジションに昇進していたりと、変化は多い。


(そうか。俺にスタッフを覚えさせるための護衛役か)


 常に周囲を警戒しているから、人の顔と名前を覚えるという意味で、これ以上の役回りはないだろう。


(恐るべし、エリィ。真の目的を伏せておくとは)


(リーダーとしての才覚があるな)


 弟子の手腕にグレイが感心していると、執務室のドアが開いてエリシアが出てきた。


「師匠、これから元老院へ顔を出します。道中のボディガード、お願いしますね」

「任せておけ。エリィには虫一匹近づけない」

「それは過保護すぎやしませんか」


 十年ぶりに元老院の建物へやってきた。

 半円形のステージがあり、エリシアが登壇とうだんすると割れんばかりの拍手が起こった。


(こいつら、面従めんじゅう腹背ふくはいか……)


 表立って文句を言う者はいない。

 エリシアの人気が怖いからだ。


 若い議員の中には『エリシアこそ救世主』という思想の持ち主もいるだろうが、ほとんどの議員は『エリシアの人気に便乗したい』金魚のフンか、『小娘の言いなりになるのは気に食わない』プライド人間だろう。


 変わらないな、この国は。

 元老院は国民的ヒーローが嫌いらしい。


 スピーチの後、グレイは執政官コンスル挨拶あいさつを交わした。


「帰還されたと知り驚きました、グレイ殿。挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」

「ご多忙でしょう。お気になさらず」


 お互いにドライな口調で言う。


「エリィのスピーチ、良かったぞ。若い議員はエリィの味方だと思う。一緒に古いルールを変えていこう、という気概が伝わってきた」

「本当ですか⁉︎」

「当たり前だ。嘘は言わない」


 一匹のノラ猫が寄ってきた。

 可愛い〜! と目をキラキラさせるエリシアに、グレイは手でストップをかける。


「待て、人に感染うつる病気を持っているかもしれない。触ってもいいが、手袋を使いなさい。ほら、貸してやる」

「準備がいいですね」

「エリィの体は一人のものじゃないからな」

「はいはい」


 ミスリルの魔剣士にわしゃわしゃしてもらった幸福なノラ猫は、にゃ〜ご、とひと鳴きしてから去っていった。


「あ〜あ、ステキなお天気。政務がなければ師匠と城下町デートするのに」

「仕事の一部を引き受けてやろうか。俺でも簡単な作業ならできる」

「ダメです! 師匠はボディガードに専念してください!」

「分かったよ」


 王宮へ向かう道すがら、たくさんの庶民が手を振ってきたので、グレイも振り返しておいた。


「レベッカとは王宮でよく会うが、ネロとは一度も会っていないな。重大なミッションでも与えたのか?」

「それは秘密です」


 エリシアは後ろ手を組んで前屈みのポーズになる。


「そんなにネロが気になるのですか?」

「というより……」


 修練場をぶっ壊したペナルティ。

 ネロの方がはるかに重いはず。


「ネロって戦うことに特化した男だろう。どんな任務を与えたのか、個人的に気になっていた」

「そのうち分かりますよ。そのうちね。ほら、早く帰りましょう」

「おい、距離が近いぞ」

「近い方が護衛もはかどるでしょう」

「大人を揶揄からかいやがって……」


 白亜の門が見えてくる。


「ミスリルの魔剣士エリシアです。通行の許可を」

「はっ!」


 ドアの前までエリシアを送ったグレイは、忠実なナイトの顔になり、直立不動のポーズに戻った。


「ん?」


 一台のキャスター付きワゴンが近づいてくる。


 押しているのは美少女メイド。

 紅茶セットとお菓子がせられている。


 かなり若い。

 十三歳か、十四歳か。

『こんな子供を雇うなんて、王宮も人手不足なのか?』と思いつつ視線で追いかける。


 彼女は明るい鳶色とびいろの目をしている。

 手足がすらっとしており、ウェーブした白髪がくびれの位置まで流れている。


「そこのお前、止まれ」


 グレイは腰を曲げて、美少女メイドの顔を正面からのぞき込む。


「毎日見かける顔だと思っていたが、もしかしてお前、オニキスの魔剣士ネロなのか?」

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