第28話 魔剣士として復帰するために

「私って師匠のことが好きです。ずっと側にいてほしいです」


 キスの続きはエリシアの執務室でやった。

 ここなら絶対に邪魔が入らない。


「仕事はいいのか? 忙しい身だろう?」

「はい、もっと休むよう、日頃からレベッカに言われています。なので本日分はレベッカに押しつけてきました」


 天使のような顔で、悪魔みたいなことを言う。


(手の甲にキスか……この程度なら許されるだろう……)


 グレイは膝を立てて、エリシアの左手をつかんだ。

 さっきは気づかなかったが、さわやかな香水の匂いがする。


 十年も眠っていたグレイにとって、一ヶ月前までエリシアは守るべき対象だった。

 その子からキスを求められるなんて照れくさい。


「師匠、早く」

「分かっている」


 グレイの反応を楽しむようにかしてくる。


「元オリハルコンの魔剣士グレイ、我が剣をミスリルの魔剣士エリシアに捧げましょう」


 チュッと。

 彫刻のような手に接吻キスを落とした。


「きゃっ⁉︎」

「どうした?」

「師匠と強いきずなで結ばれちゃいました!」

「あのな……」


 しかもエリシアは一回じゃ許してくれなかった。


「さっきのは練習です! 次が本番なのです!」

「おい、聞いてないぞ。さっきのは完ぺきだった」

「ダメです! 私の心の準備ができていませんでした!」

「自分から要求してきたくせに」


(我がままな部分は十年前と変わっていない……)


『上官命令』を持ち出されたら、逆らうことが許されないグレイは、同じ部分にキスしておいた。


 負けた気がする。

 なのに心はポカポカする。


「ここがエリィの部屋か」


 与えられている部屋は二つあって、私室と執務室に使っているらしい。

 二つの部屋は直接ドアでつながっており、廊下を経由しなくても行き来できる。


「お城に住むなんて、本物のお姫様みたいだな」

「えへへ、師匠だけのプリンセスなのです」


 グレイはバルコニーの景色も見せてもらった。


 エリシアは部屋を決めるにあたって眺望ちょうぼうを重視したそうだ。

『美しい景色はタダだから』という理由が元孤児のエリシアらしい。


「せっかくなのでワインでも飲みますか? エリィもお酒を楽しめる年齢になったのですよ」

「本当か? アルコールには弱そうだが……」

「バレましたか」


 エリシアがぺろりと舌を出す。


「でも、私がお酒に強くないって、よく分かりましたね」

「そりゃ、お前の……いや、何でもない」


 エリシアはルンルン気分でグラスを用意しており、グレイの失言に気づかなかった。


「これです! 私がいつも使っているグラスは! ネロからもらった子供グラスです!」

「ネロから? 確かに子供サイズだ」


 ネロはあんな体なので、アルコールに対する耐性はして知るべきだ。


 ちなみにグレイは強い方。

 酒豪のレベッカには勝てないが。


 バルコニーにある円卓を挟むように座った二人は、王都の涼しい風を感じながら、白ワインの入ったグラスをカチンと鳴らす。


「今日は良い日です。明るい太陽。よくんだ空。きれいな街並み。そして格好いい師匠。今日という日に名前を付けたいくらいです」

「やめろ。照れるから」

「でもエリィの中では、師匠が一番格好いいのです」

「なら好きにしろ」

「師匠の中でエリィは何番目に可愛いですか? 立派なレディに成長した愛弟子は?」

「本当に立派な大人は、自分のことを立派と言わない」

「ぶぅ〜」


 っぺたをふくらませたエリシアは、渋い顔つきでワインを飲む。


「話の論点をずらされちゃった気分です」

「まだまだ子供だな」


 何歳から大人なのか、時代によって変わる。

 現行のルールだと、十五歳、二十歳、二十五歳といった節目で市民としての権利が付与ふよされていく。

 だから十五から二十五は『大人になりかけの世代』と呼ばれる。


「ほらほら、見てください、師匠」


 エリシアがワイングラス越しに見つめてくる。


「こうすると、師匠の顔が横に伸びて見えます。うふふ、変な顔」


(やっぱり子供じゃねえか……)


 グレイは上品なワインを舌の上で転がしながら笑った。


「昔は師匠にべったりだったから。十年前の私に戻っちゃった気分」

「懐かしいか?」

「うん、とっても。ペンドラゴンの暮らしも好きだけれども、人里から人里へ旅する暮らしも楽しかったな。たくさんの人に出会えるから」

「ミスリルの魔剣士だからって、一年中ペンドラゴンにいる必要はない。行きたいところに行けばいい。俺やネロが留守番してやるよ」

「そうじゃなくて……」


 エリシアが首を振る。


「また師匠と旅したい。できれば二人で」

「あのなぁ……」


 グレイが困っていると、エリシアは席を立った。

 持ってきたのは長いロープがついた果物籠バスケット


 バルコニーの手すり越しに降ろしていくと、気づいた庭師が手を振ってくる。


「こうやって庭園に実っているフルーツを収穫するの。地上に降りなくてもいいから便利なんだ」


 エリシアの言葉通り、果物籠バスケットを引っ張り上げると、たくさんのフルーツが盛られていた。

 グレイはもぎたての赤い実を分けてもらう。


「甘くて美味おいしいな」

「でしょ」


 エリシアも一個食べてから、果汁でベトベトになった指をめる。


「師匠がオリハルコンの魔剣士に復帰するまでの道のり、考えてみました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る