第30話 自分の才能に震えちゃうね

「おやおや〜? 元オリハルコンの魔剣士グレイ様じゃありませんか〜?」

「やっぱりネロか」

「クックック……ようやく気づいたか、鈍チンめ」

「こいつ……」


 変装用のウィッグを頭にかぶせ、美少女メイドに成りすましたネロは、にぱぁっと小悪魔みたいに笑う。


 この生意気なオーラ……。

 やっぱりネロで間違いない。


「何日後にグレイが気づくのか、三人で賭けをやっていた。オイラは一ヶ月気づかないに賭けたんだけどな」

「なっ⁉︎ 人を遊びの道具にしやがって!」

「おいおい、遊びの道具にされてんのはオイラの方だぜ」

「その割には楽しそうじゃないか」


 ベースが美少年なのに加えて、ネロの声は中性的だから、妖精のように愛くるしい存在である。


「本当にネロなのか? ネロの隠し子じゃなくて? 大人を揶揄からかうんじゃないよ、お嬢ちゃん」

「いやいやいやいや⁉︎ どんな父娘おやこだよ。双子レベルで似ているじゃね〜か。このルックスで一人称オイラの少女とか、ありえね〜から」

「マジかよ……」


 ネロのこと、奔放ほんぽうな人間とは思っていた。

 三十七になって女装癖は、さすがに泣けてくる。


「あ〜、バカにしただろう」

「体が成長しないの、お前のコンプレックスだったもんな。変な方向にこじらせちゃったな。いや、すまん、人の趣味を否定する気はない。自由が尊重されるべきだ」

「あのな〜、これはミッションの一環でやってんだよ」

「ミッション? お前に科せられたペナルティか?」

「そうそう」


 ネロはその場で一回転すると、スカートをちょこんとつまみ、優美にお辞儀じぎしてきた。


「万能メイドとしてエリシア嬢にお仕えしているのさ」


所作しょさがメッチャ慣れてる⁉︎)


 ルックスとか、性格とか、メイドとしての評価は脇に置くとして……。


 ネロには魔剣士として十分な実力がある。

 何気におしゃべりの相手として面白い。


(この見た目なら敵も油断するか……確かに万能メイドだな……最強の傭兵ようへいかもしれない)


「いや、しかし、よくペナルティを甘受したな」

「どしたの? もしかして、オイラの可愛さにれちゃった?」

「アホか。三十七のおっさんのくせに順応しすぎって意味だよ」

「ケッケッケ」


 スカートから伸びるネロの脚は純白で、エリシアに負けないくらい美しい。


 つまり欠点らしい欠点がないのだ。

 少なくとも外見上は。


「グレイに一個、授業してやる。可愛いと書いて、ムテキと読む。その意味をオイラが教えてやるよ」

「無敵? ハニートラップでも仕掛ける気かよ」

「まあ、見てなって」


 ネロがターゲットを探す。

 ちょうどレベッカが廊下を曲がってきた。


「お、獲物はっけ〜ん!」

「おい⁉︎ 待て!」


 トコトコと走り出した変装メイドは驚きの行動に出る。


「レベッカお母さ〜ん! オイラ、お腹空いたよ〜!」


 ぽん、と。

 女騎士の胸にダイブしたのだ。


(バカか⁉︎ あいつ⁉︎)


(母親呼ばわりするなんて、激怒したレベッカに窓から投げられるぞ⁉︎)


 おぞましいシーンを想像したグレイは青ざめる。

 が、すぐに意見を撤回させることになる。


「ネロか。驚かせやがって。あと、私はお前のお母さんじゃない」

「でもオイラ、お腹ぺこぺこだよ〜」


 ネロの上目遣いに負けたレベッカは頭を優しくポンポンした。


「まったく。仕方のない先輩だね。食べ物が欲しいのかい」


 手荷物からクッキーを一枚取り出して、わざわざネロの口に入れてあげる。


「うま〜」

「いい歳した大人のくせに子供なんだから」

「レベッカに食べさせてもらうクッキー、本当にうま〜」

「ふふ……ほら、仕事に戻りなさい」

「は〜い」


 笑った⁉︎

 あのレベッカが⁉︎


 勝ち誇ったような顔で戻ってきたネロは、えっへん! とぺったんこの胸を張る。


「ほら、見たか、グレイ。メイド姿だと殴る蹴るの暴行を受けないだろう。ペットみたいに愛されるだろう。少女がこの世界で最強なんだよ」

「お前、天才かよ。よく発見したな。しかも、レベッカ相手に」

「クックック……自分の才能に震えちゃうね」


 次にネロが指差したのはエリシアの執務室。


「エリシア嬢にも試してみるか。母性本能ってやつを刺激できるかどうか」

「さすがに無理だろう。お前、エリィの二倍は生きているだろう」

「まあまあ。ダメ元でやってみようぜ」

「無茶すんなよ」


 コンコンとノック。


「エリシア嬢、紅茶をお持ちしましたぜ」

「どうぞ、開いてますよ」


 エリシアはバルコニーのところに立っており、ぐぃ〜っと伸びをしていた。


「お勤めご苦労様です、ネロ。その様子だと師匠に正体がバレちゃったみたいですね。残念でしたね」

「まあね〜。でも、グレイが鈍チンなのは証明できました」


 執務デスクに紅茶を置いたネロは、バルコニーの女主人にトコトコと接近していく。


「エリシア嬢、ドレスにゴミが付いてますよ」

「えっ? どこどこ?」

「動かないで。オイラが取りますから」


 ネロの手が伸びた先は、この世でもっとも高貴な女性のお尻だった。

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