第31話 神様から宝物を盗むくらいの快挙
ひゃん⁉︎ という悲鳴が執務室に響いた。
「なっ……なっ……なななななっ……」
明らかに困惑している。
『ネロが故意にお尻を
仮に故意だとしても、だ。
三十七のおっさんに対して、ビンタの一発でもかますのか、口頭による注意で済ませるのか、エリシアは答えを知らない。
この場にレベッカがいれば……。
エリシアに代わって処罰してくれるだろうが、あいにく不在。
(どうする、エリィ? 人を裁くのは難しいぞ。その道の専門家がいるくらいだからな)
グレイは腕組みをしたまま『第一回ネロ裁判 〜ミスリルの魔剣士に対するお尻触り事件〜』の成り行きを見守った。
「ネロ……まさかとは思いますが、故意に私のお尻を触りましたか?」
「いや、ゴミを取ってあげただけですよ」
ネロは自信満々に糸くずを見せつける。
後ろから観察していたグレイは、物証がネロによる偽造だと知っている。
「本当ですか?」
「もちろん」
「神様に誓って?」
「オイラの目を見てください。罪なき人々と同じ色をしているでしょう」
「う〜ん……」
エリシアは半信半疑といった様子。
「でも私のお尻に触ったのは間違いないですよね」
「まあね〜。お尻にゴミが付いていましたから」
「それって故意の
「そう言われると反論できませんね」
「つまり罪を認めるのですね?」
「えっ〜⁉︎ 有罪なの⁉︎」
「有罪です」
しかし崖っぷちで強いのがネロという男だ。
「ごめんなさい、エリシア嬢。でも、オイラの言い分も聞いてください」
「何でしょうか? 申し開きがあるなら手短にお願いします」
ネロの泣き落とし作戦が面白いのか、エリシアはクスクスと笑う。
「オイラ、女装しているから……。その……自分が男っていうのを忘れちゃって……。とっても恥ずかしい話なのですけれども」
「ああ……」
ネロが胸の前で指先ツンツンしたので、エリシアは毒気を抜かれたような顔になる。
「女の子同士なら、お尻を触っても罪に問われないでしょう?」
「確かに⁉︎」
「それじゃ、ダメ?」
「心まで女になりきっていた。だから一線は越えていない。そういう主張ですか? なるほど、考えましたね。王宮のメイドだって、女性同士ならスキンシップが密な場合もありますしね」
「でしょでしょ」
いや〜、無理があるのでは?
だって、ネロ、男だし。
しかしエリシアは得心したように頷く。
「ネロは愉快ですね。女の子になりきっていた、ですか。そう言われると、お尻を触られたくらいで目くじら立てるのは可哀想な気がしてきました」
「えっ⁉︎ 許してくれるの⁉︎」
「私の指示で変装しているわけですから。許すしかないでしょう。ただし、他の女性のお尻を触ったらダメですよ」
「は〜い」
無罪を勝ち取ったネロがピースサインを向けてくる。
神様から宝物を盗んでやった、くらいの誇らしさだろう。
(その熱意をもっと有効活用してくれたらな……)
(エリィもエリィで、甘いのやら、優しいのやら……)
ある意味二人らしい結果にグレイは納得していた。
「オイラはこれから買い出しに行くのですが、グレイをお借りしてもいいですかね。荷物持ちとして」
「そうですね……」
エリシアと目が合う。
どっちでもいい、という意味を込めて目配せしておく。
「じゃあ、師匠、ネロの付き添いをお願いできますか。こんな格好ですから。悪い人に
「承知した」
ちなみにエリシアが心配しているのは、ネロ本人じゃなくて、悪い人の方だったりする。
「良かったな、グレイ。立ちっぱなしで退屈していただろう。オイラが外の空気を吸わせてやるよ」
「なんで偉そうなんだよ」
「嘘でもいいから喜べよ。もしかして、エリシア嬢の側を離れるのが嫌なの? ホント過保護だよな、グレイは」
「そういうわけではないが……」
エリシアは『ネロを頼みますね』と言うように手を振ってくる。
「というか、ネロ、お金は持っているのかよ」
「あ、やべ、今メイド服だから財布を持ってね〜や」
「俺も半分無職みたいなものだから財布の中身は軽いぞ」
「マジで? 色々と買う物があるのだけれども……」
「ツケ払い、原則禁止だろう?」
「う〜む……」
困った大人二人の手にエリシアは銀貨を握らせてくれた。
(まさか弟子からお金を借りる日が来るとは)
(早く魔剣士に復帰せねば)
グレイは決意を新たにした。
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