第84話 エリシアの王宮見学ツアー

 私室を抜け出したエリシアは、階段の手すりを滑り台のように降り、一階にある厨房ちゅうぼうを目指した。


(この時間にしてはスタッフが少ないですね……)


 見つからないようコソコソ移動する。


 狙いは王族のために作られたデザート。

 量が多めに用意されており、盗み食いするのが日課となっている。


 エリシアはミスリルの魔剣士。

 デザートの十個や百個、メイドにお願いしたら部屋まで運んでもらえる。


(しかし、盗み食いするデザートが、この世で一番美味しいのです!)


 豪華なお皿に盛られたパウンドケーキを一切れ頂戴ちょうだいする。

 猫みたいに口にくわえて退却していると、


「あっ! ケーキが一切れ減っている⁉︎」


 という声が追いかけてきた。


「味見したのか?」

「いや、俺じゃないぞ」

「だったら、エリシア様だ! また盗み食いを許してしまった!」

「レベッカ様からあれほど注意されていたのに!」


(ふふふ……私は閃光のエリィですからね)


(王宮のスタッフが捕まえるのは不可能なのです)


 ケーキを頬張り、唇についた粉を舐めていると、石像の置かれている空間へやってきた。


 おそろいの台座が四隅にあり、一つは空席となっている。


 周囲に人がいないことを確かめると、エリシアは靴を脱いで台座にジャンプし、腰の魔剣アポカリプスを抜いた。


「いずれ私の石像がここに立つのです。だって、私は四代目ミスリルの魔剣士ですから」


 一人で含み笑いしていると、メイド二人組の笑い声が聞こえた。


「まぁ、エリシア様ったら」

「お子様みたいな一面がありますからね」


 見られた⁉︎

 エリシアは靴を履いて、さぁ〜〜〜っと逃げ出す。


(これは死ぬほど恥ずかしいのです!)


(きっとメイドの間で噂されるのです!)


 相手がグレイやレベッカじゃなくて良かったと思い直して、はぁはぁと呼吸を整えていると、王宮の庭で日向ぼっこしている白猫を見つけた。


「おやおや、どこから入ってきたのですかね〜。無断侵入なんて、メイド長に見つかったら、ホウキで追い回されますよ〜」

「にゃ〜ご」

「せっかくなので、私の話し相手になってもらいましょうか」


 エリシアは白猫を抱っこすると、木製のベンチに腰を下ろす。


「私は今、大ピンチなのです。魔剣アポカリプスが使えないのです。このことは仲間の魔剣士しか知らないトップシークレットなのです」

「にゃ〜」

「使えなくなった理由は……コホコホ……割愛しますが、とにかく魔剣との絆を取り戻さないといけないのです」

「にゃにゃ」

「う〜ん、私に一体、何の落ち度があるのでしょうか。いや、問題だらけですが、この子は私に何を期待しているのでしょうか。答えの分からない問題と日がな一日向かい合っています。ある種の拷問なのです」

「にゃ〜にゃ」


 向こうからタッタッタッと女の子が走ってきた。

 誰かと思えば、王様の一番下の娘だった。

 今年で十四歳のはず。


「あっ! いた! キャンディ!」


 女の子はベンチの前で乱れた息を整える。


「すみません、エリシア様、その子は私の飼い猫です。何かご迷惑をおかけしましたか?」

「私の手の甲を引っかいて、派手に出血させてくれました」

「ひぇ⁉︎ そんな⁉︎」

「嘘です。冗談です。私の話し相手になってもらっていました。悩み事を抱えておりまして」

「はぁ……」


 エリシアは白猫を飼い主へと引き渡す。


「ありがとう、小さなプリンセス」


 バイバイと手を振って別れたエリシアは、親指を太陽に向けて、日の高さをチェックする。


「そろそろ来客の時間ですかね」


 手を伸ばす。

 魔剣アポカリプスの柄に。


 頭の中でモンスターの姿をイメージ。

 仕留めてみる、自慢の技で。


 神速の七連撃セイクリッド・ブリッツ


 シーン…………。

 魔剣アポカリプスは眠ったままで、風の音だけが聞こえる。


「あらあら、エリシア様ったら」

「お庭で魔剣を振り回しちゃって」

「出番がなくて退屈されているのかしら」


 メイドの声に大赤面したエリシアは、バカバカバカ〜! と叫びながら厨房に突撃して、


「何か甘い物ください!」


 とオーダーした。

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