第85話 王宮見学ツアーの続き

 鏡の前に立ったエリシアは、全身のコーディネートを確かめて『うん、バッチリ!』と自己採点し、来客を迎えるべく王宮の正門へ向かった。


 到着したのはエメラルドの魔剣士。

 ではなく、レベッカの家族。


「それでは子供たちをお預かりしますね」

「はい、食材の買い出しが終わったら迎えにきます」


 今日は子供二人を王宮見学ツアーに招待したのだ。

 温厚なダディという言葉がピッタリの旦那さんは、子供たちの頭に手をのせて、


「エリシア様に迷惑をかけないように。立ち入り禁止の場所に入ったらダメだよ。王宮の物を勝手に持ち帰ると罪に問われる場合もあるからね」


 と釘を刺す。


「大丈夫だよ! エリシア様の言うことは聞くから!」


 お姉ちゃんが言えば、


「うん、だいじょ〜ぶ」


 弟もリピートする。

 子供の『大丈夫』はアテにならないが、お父さんは相好そうごうを崩して送り出した。


「では、出発なのです!」

「お〜!」

「お〜!」

「ねぇねぇ、聞いてよ、エリシア様! 私たち、朝ご飯に出てきたピーマン、残さずに食べたんだよ!」

「嫌いな物をちゃんと食べるなんて偉いですね」

「でも、どうして嫌いな物を食べると偉いの?」

「それはアレですよ」


 エリシアはピシッと指を立てる。


「飢え死にしそうになった場面を想像してください。何とか食料が手に入りましたが、ピーマンしかありません。ピーマンを食べられない人間は、本当に飢え死にしちゃうのです」

「ひぇぇぇ⁉︎ 死にたくない!」

「でしょう」


 苦手を克服することは、生き残る確率の向上につながる。

 なんて説明をに受けるから、子供という生き物は可愛らしい。


「はい、目の前にいくつか建物が見えてきましたね。私が寝起きしている部屋は、いずれかの建物にあります。一体、どれでしょ〜か」

「一番大きなやつ!」

「ぶっぶ〜」


 子供たちが露骨ろこつに残念がる。


「一番大きな建物はキング宮殿と呼ばれています。王族の方々が暮らしている空間なのです」


 エリシアは二番目に大きな建物を指差す。


「あちらがクイーン宮殿です。大昔は、王族の女性が暮らす場所でしたが、今では魔剣士たちの本拠地として利用されています。私が暮らしている部屋はここにあります」

「お母さんが働いている場所?」

「そうですよ。レベッカの部屋もあります」


 エリシアは三番目に大きな建物を指差す。


「あちらはジャック宮殿。メイドや調理スタッフといった、王宮で働く方々のための空間です。住み込みで働いている者もいます」

「私は将来、王宮で働きたい!」

「ボクも〜!」

「生粋のペンドラゴンっ子ですね」


 次にエリシアが案内したのは石像の間。

 初代、二代目、三代目の像が各コーナーに置かれている。


「では、問題です。我らが偉大なるアーサー王はどれでしょうか?」

「私、知っているよ」


 二人は凛々しい男性を指差す。


「はい、正解です。右手に持っている剣は、あの有名な魔剣エクスカリバーですね。アーサー王にはたくさんの功績がありますが……」


 世界中の魔物を討伐したこと。

 統一国家を築いて、初代の王に就任したこと。

 この二点が『王の中の王』と称えられる所以ゆえんだ。


「では、次の問題は難しいですよ。こちらにおられる二代目ミスリルの魔剣士様の名前は?」


 う〜ん、と首を傾げる子供たち。


「はい、時間切れです。彼は二代目ミスリルの魔剣士イクシオン様です。今から六百五十年くらい前に活躍しました。右手に持っているのは魔剣シャングリラ。アーサー王と同じく単身でアヴァロンを仕留めたと伝わっています」


 イクシオンの功績は王族による独裁政治を終わらせたこと。


「悪い王様が続いたせいで、ハイランドの国民は苦しんでいたのです。政治のリーダーは国民たちが選ぶべきだとイクシオン様は考えたのです」


 イクシオンについて語る時、時の王様を公開処刑したエピソードは欠かせないのだが、子供には刺激が強いので伏せておく。


「ずっと昔、国のルールは王様一人が決めていたのですね。王様が悪い人だと好き勝手やっちゃいますね」


 王族の権力の大部分は元老院へ、残りは聖教会へと移譲された。

 以降、王様はこの国のシンボルとして国民から敬愛されている。


「次の問題はさっきより簡単ですね。こちらにおられる女性は?」

「三代目のエリシア様!」

「そうです!」


 四代目のエリシアがえっへんと胸を張る。


「女性で初めてミスリルの魔剣士になりました。そもそも、魔剣士というのは、女性よりも男性の比率が高くて、昔は現役の魔剣士がすべて男性ということも珍しくありませんでした。三代目のエリシア様が登場して以降は、魔剣士をこころざす女性が増えました。私やレベッカもその中の一人なのです」

「おお〜」

「三代目エリシア様の特徴といえば、何と言っても純潔でしょう。結婚はおろか、異性と手をつないだり、キ……キ……キ……キスしたこともなかったそうです。一点のくもりもない純潔が三代目エリシア様の強さを支えていたと伝わっています」


 声が震えまくりのエリシアだが、ピュアな子供は容赦ようしゃを知らない。


「エリシア様はキスしたことがあるのですか?」

「知ってる。パパとママがやるやつ」

「コホン……コホン……私もキスの一回や二回くらい、やったことがありますよ」

「四代目のエリシア様はジュンケツじゃないんだね」

「ジュンケツって何だろう?」

「今度、ママに聞いてみよう」


 良くない未来を想像したエリシアはアワアワと手を振った。

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