第86話 ミスリルの魔剣士になった理由

「もちろん三代目エリシア様は、美しくて清らかで強いだけの女性じゃありませんよ。イクシオン様と同じく、政治システムの改革に成功した一人なのです」


 子供に痛いところを突かれたエリシアは、一つ咳払いして、無理やり話題を変えた。


「カイカクってなぁに?」

「世の中を良くすることです。三代目エリシア様の時代、元老院はまったく役目を果たしておらず……」


 足の引っ張り合いにいそしむ者。

 蓄財にしか興味がない者。


 利己的な議員がゴロゴロいたから、古いルールは古いままで、やる気のある若手が出てきても、出る杭は打たれるの格言通り、重鎮じゅうちんたちに叩き潰される。


「一方の聖教会も、中々ひどい有り様でして……」


 お金で地位を買うような行為が横行しており、上の者は下の者にワイロを要求するのが通例となっていた。

 ワイロの原資は信徒らの献金である。


「乱れたルールを正す。つまり、国民たちの代わりに、魔剣士が元老院や聖教会を監視する。新しいシステムを導入したのが三代目エリシア様なのです。国民一人一人の声は弱いですからね。代わりに魔剣士が政治をチェックします。相手が魔剣士とあっては、元老院や聖教会も無視できないのです」


 子供には難しい話でしたね。

 反省したエリシアがぺろりと舌を出した時、姉にドレスを引っ張られた。


「四代目エリシア様も、カイカクするの?」

「私が……ですか?」


 一瞬キョトンとしてから強く胸を叩く。


「もちろん! 私はそのためにミスリルの魔剣士になりましたから!」

「何をやるの?」

「まだ秘密です! ですが、イクシオン様や三代目エリシア様に負けないくらい大きなことをやります! たぶん! いえ、絶対に! とても凄いことをやります! みんなをびっくりさせます!」

「おお〜!」

「おお〜!」

「負けるな、エリシア様!」

「負けるな、エリシア様!」


 子供から尊敬の眼差しを向けられるのは何回経験しても楽しい。

 自分だって一人前なのだ! と胸を張れる。


「せっかく王宮に来たのですから、お茶しましょうか」

「やった!」

「わ〜い!」

「三代目エリシア様といえば、病的なまでに紅茶好きだったそうですよ。王都ペンドラゴンを離れる時は、ティーセット一式を携帯しており、山の中だろうが、海の上だろうが、れたての紅茶を楽しんだそうです」


 魔物が不意打ちしてきた時は、ティーカップを片手に戦ったのですかね、とエリシアは笑う。


「ビスケットを紅茶に浸す食べ方。あれは三代目エリシア様がやっていたのを、庶民が真似て流行したと伝わっています。お行儀の悪い食べ方とされていましたが、三代目エリシア様がやるのだから、お行儀が悪いはずないだろう、とね。たくさんの人から愛されていたことが分かるエピソードですね」


 メイドにお願いして紅茶とビスケットを応接間まで運んでもらった。

 子供が火傷しないよう、紅茶の温度は微温ぬるめでオーダーしている。


「こうやってビスケットを紅茶に浸すのですよ。すると紅茶の味が変わります。三代目エリシア様は、色んな種類のビスケットを用意して、味の違いを楽しんでいたそうです」

「ビスケット、ふにゃふにゃになっちゃった……」

「浸けすぎると紅茶の中でバラバラになりますね」


 柔らかくなったビスケットをかじってみる。


(聞いていますか、魔剣アポカリプス)


(私、先代に負けませんからね)


(先人を超えるのが、後から生まれた者の使命でしょう)


 エリシアが心で語りかけた時。


「エリシア様……剣が……」


 姉が食べかけのビスケットを落とす。

 視線の先にあるのは、ほのかに光る魔剣。


 エリシアは愛剣をさやから抜いた。

 すると神聖なオーラが全体を包んでいた。


 懐かしい。

 エリシアが魔剣に選ばれた日。

 今回のように強烈な光を放っていた。


 痛いくらいのまぶしさ。

 浄化と創世の光。


 ブルーの瞳に嬉しい方の涙が浮かんでくる。


「また一緒に戦ってくれるのですか、魔剣アポカリプス」


 返事するように光が強さを増す。

 エリシアは抜き身のままの剣を抱きしめてキスする。


「ありがとう」


 ゴーン! ゴーン! ゴーン!

 王都の上空に凱旋門がいせんもんの鐘が鳴り響く。


 エメラルドの魔剣士が帰還したことを知らせる、待ち望んでいた鐘の音だった。


「先人を超えるのが、後から生まれた者の使命なのです」

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