第87話 陽だまりの中で待っている
朝から快晴だったドラゴニアの上空には、綿を引き伸ばしたような雲が浮いており、
四人が逃げ込んだのは洞窟。
照明代わりの火球を生み出し、休憩できそうなスペースを探す。
平べったい岩の上にマントを敷いた。
血まみれのネロをそっと横たえる。
息が完全に止まっている。
心臓も動いていない……いや、魔物にえぐられている。
普通の人間なら命が三つあっても足りないダメージ量だが、それでも死なないのがネロと魔剣エルドリッチの組み合わせである。
ネロの頬っぺたに触れたレベッカは、ため息をついてから立ち上がり、『異常あり』を知らせる青い鳥を飛ばした。
「ネロが……ネロが……」
「ああ、そうか、ファーランは初めてか」
「呼吸が止まっちゃっています! 流血だって収まりません! 死んじゃうのでしょうか⁉︎」
狭い洞窟内に声が響く。
「いや、しばらくすると起き上がる。眠りから覚めるみたいに。心臓を取られたダメージは大きい。再生に時間がかかっているだけだ」
「つまり、死んではいないのですね⁉︎」
「そうだ。今だって意識はあるはずだ。再生に集中するため、寝たフリしているような状態だ」
動揺するファーランの気持ちも分からなくはない。
百人いたら百人、ネロは死んだと信じ込む。
グレイはネロのまぶたを持ち上げた。
「眼球が動いているだろう」
「あ、本当です。生きています」
「やめろって! 人を
「あ、しゃべりました!」
文句をいったネロを、ファーランは抱きしめる。
「良かった! ネロが生きていました! 心臓がないのに生きている人間を初めて見ました!」
「ファーラン……苦しい……傷口が……」
「あ、すみません」
ファーランとて無傷ではない。
愛馬ゼツエイの後ろ脚が出血しており、ネロの次に深刻だろう。
なぜ魔剣士四人が洞窟に逃げ込む大ピンチに
「まさか、
レベッカが青い鳥をもう一羽飛ばす。
エリシアが復活していますように、と祈りながら。
「誤算だな」
「まったくだよ」
グレイたちはドラゴン・イーターを一体仕留めた。
すると二体目が現れたので、立て続けにバトルに入った。
一戦目と同じことを繰り返したらいい。
楽観していたわけじゃないが……。
三体目が現れて、ファーランに不意打ちを食らわせ、機動力である龍騎に傷を負わせた。
さらに四体目が現れて、グレイ、レベッカ、ファーランが逃げる時間を稼ぐため、ネロが
あと一歩で逃げ切れるという時……。
動けなくなった戦友をグレイが回収。
今度こそ逃げ切って今に至るという感じ。
(無茶しやがって……)
血がべっとり付着した白髪に触れてみる。
悩んでも仕方ない。
この一帯はドラゴン・イーターの縄張りで、三体が
エリシアが駆けつけるとか。
奇跡でも起こらない限り、ドラゴン・イーター三体を同時に仕留めるのは無理なのだ。
「レベッカの
「全員は無理だよ。ネロとファーランを乗せるのが限界だね。もちろん、魔剣コクリュウソウは置いていく」
「最悪はそれだな。食料さえあれば、俺は簡単にくたばらない」
グレイ一人が残って、魔剣コクリュウソウと傷ついた龍騎を見張る。
「できませんよ! グレイを残すなんて!」
「あくまで最悪の選択肢だ。魔剣士を一度に失うようなことがあってはならない」
ファーランの握り拳が震える。
「分かりました……」
「ネロが完全に再生するのを待とう。方針を決めるのはそれからだ」
グレイは火球をかざしたまま、洞窟の内部を調べた。
水源はある。
普通に飲めるレベル。
わずかに風が吹いており、別の出入り口の存在を物語っている。
「どうした、ファーラン」
きれいな黒髪に
四つ葉のクローバー。
エリシアが持たせてくれた幸運のお守り。
「私がグレイたちを巻き込んでしまいました。エリシアが気を遣って、兄様を探しに行こうと」
「そんなことを気にしていたのか。元々、フェイロンは俺たちの仲間でもある。ファーランが思いつめることじゃない」
「いえ、本当は分かっているのです」
兄が生きているわけない。
もし生存していたら、なぜ故郷に帰ってこないのか。
「でも、エリシアの話が嘘だとは思えません」
「フェイロンが待っている、というやつか」
「どういう意味なのか、ずっと考えていました。答えは分からないままです」
「確認したらいい。自分の目でな」
その瞬間は目と鼻の先まで迫っていた。
ドンッ! と地面が軽く揺れたのである。
地盤にドラゴン・イーターが体当たりしたらしい。
衝撃でファーランの手から四つ葉が落ちる。
地面をワンバウンドして奥へ転がる。
追いかけるファーラン。
四つ葉がさらにバウンドする。
洞窟に光が射していた。
天井に穴が開いており、そこだけ太陽光が届くのだ。
土があり、草が生い茂っている。
羽虫がヒラヒラと舞っている。
羽を休めるため、羽虫は白骨化した人間の頭にとまった。
ボロボロの道士服にグレイは見覚えがあった。
「兄様……」
人骨が首にかけていたのは、幼いファーランが手作りした、竜のネックレスだった。
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