第88話 フェイロンからの手紙

 グレイは懐かしい友の前にしゃがみ込んだ。


「久しぶりだな、フェイロン。しばらく見ない間に随分とせたじゃねえか」


 両脚に骨折の跡があった。

 一人で静かに星空でも見上げながら、フェイロンは息を引き取ったのだろうか。


 戦って、死んだ。

 もっともオーソドックスな幕切れ。

 魔剣士らしい死に方といえる。


「見てください、グレイ」


 壁一面に文字が刻まれている。

 ハイランドの公用語と、ドラゴニア地方で使われる言葉と。

 同じ内容と思われる文面が、硬い岩につづられており、グレイは言葉を失った。


「兄様の手紙です」


 フェイロンの遺書は『偶然この場所を見つけた者へ』という書き出しで始まっていた。


「我が名はサファイアの魔剣士フェイロン。生年はフォーミュラ暦一〇〇〇年。出身はドラゴニア地方の……」


 ファーランが読み上げていく。


 負傷した経緯が記されていた。

 ドラゴン・イーターとの戦闘で龍騎を失った、とも。


 ファーランの名前が出てきたのは最後の段落。

『私が亡くなった後、妹のファーランがサファイアの魔剣士の地位を継承するはずだ』と。


 偶然この場所を見つけた者にメッセンジャーの役割を期待して、フェイロンは遺書を残したらしい。


「ファーランにはファーランの目的を見つけてほしい……」


 兄の模倣じゃなくて。

 誰かの後追いじゃなくて。

 ファーランは何を成し遂げたいのか、ファーラン自身の頭で考えてほしい、と願いが記されている。


「手厳しいですね」


 ファーランが笑ったようにも困ったようにも見えた。

 そしてもう一個。


「仲間を頼れ……ですか」


 具体的な名前が出てきたのはエリシア。

 二人が次世代の中核になるだろう、と。


(書かれたのは三年前……)


(エリィがオリハルコンの魔剣士に就任する前後くらいか)


 手紙が進むにつれて、魔法で刻んだであろう文字は乱れに乱れ、フェイロンの負傷の激しさが伝わってくる。

 グレイの胸は痛むどころか、次第に熱くなる。


 そして手紙の最後。


「お前は自慢の妹だ。ファーランにそう伝えてほしい」


 すべてを朗読したファーランが、こつん、と頭を岩にぶつける。

 自分の名前がある部分を繰り返し指でなぞっている。


「泣かないのだな」

「ええ、兄様に会えましたから。最後に声を聞けました。私は幸せ者です」

「そうか。レベッカを呼んでくる」


 グレイは来た道を引き返して、ネロに付き添っているレベッカの肩を叩いた。


「遅かったね。奥に何かあったのかい」

「ファーランの探していたものが見つかった」


 グレイの声は落ち着いており、すべての事情を悟ったレベッカが唇を噛む。


「やっぱり……か。それでファーランは?」

「取り乱している様子はない。フェイロンの遺書があった。レベッカも目を通してやってくれ。あいつの最後のメッセージだ」

「本当に……」


 死んだように眠っていたネロが口を開く。


「死んでいたのか、フェイロンのやつ」

「ああ、骨だけになっていた。でも、待っていた。俺たちが来るのを。あいつは三年も待っていた。ある意味、フェイロンらしい」

「くそっ……バカヤロー」


 鳶色とびいろの目が横を向く。


「飯をおごるって約束、オイラは三年も待っていたのに」

「ネロがおごる側か? おごってやる側か?」

「おごってやる側」

「損する方が根に持つなんて珍しいな。代わりにファーランにおごってやれ。フェイロンだって喜ぶだろう」

「バカヤロー。地味な死に方しやがって」


 レベッカとファーランは中々戻ってこず、女同士だからこそ交わしたい話題もあるのだろうなと、グレイはぼんやり考えた。

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