第89話 みんなで一緒に王都へ帰ろう

 ネロが全回復した。

 グレイたちは円を描くように座り、今後のアクションについて話し合った。


 意見はバラバラに割れた。


 エリシアを待つべき、とレベッカが主張すれば、この洞窟までドラゴン・イーターが攻めてこないとも限りません、とファーランが反論した。


「レベッカの不死鳥の煌炎カイザー・フェニックスで一人ずつ逃がす作戦はどうだ。まずはネロ、次にファーラン、最後は俺でいい。危険なエリアから遠ざかる。もっとも無難な案だと思うが……」

「グレイ一人の時にドラゴン・イーターが攻めてきたらどうするんだよ」

「なんとかするさ」

「バ〜カ。なんとかならないから相談しているんだろうが。一匹ならともかく、相手が三匹だと手も足も出ない」

「そうかな」


 ずっと昔、フェイロンから『気合いで解決しようとするのはグレイの悪いクセだ』と指摘されたのを思い出し、グレイは反省するように片目をつぶる。


「最悪のパターンから考えてみよう。四人が全滅することだろう。追い込まれた場合、レベッカが誰かを乗せて上空へ逃げるのがベターじゃないか」

「誰かを犠牲にして生き延びたら、寝覚めが悪くなっちゃうだろうが」

「俺が死ぬみたいな言い方をするな」

「いやいや、グレイ一人を残したら、確実に死ぬだろう」

「俺は死なない」

「負けん気で生き延びられたら苦労しねえよ」

「こいつ……」


 喧嘩腰になった先輩二人をファーランがまあまあとなだめ、レベッカはあきれたように首を振る。


「危地っていうのにお前たち二人は……」


 四人のポジションは平等。

 本来は良い事だが、意見がまとまりにくい、という問題に直面していた。


「こんな時、フェイロンなら……」


 グレイがさりげなく放った言葉に三人は反応した。


「そうだな、フェイロンなら一発で良いアイディアを出してくれるのにな」


 ネロが腕組みする。


「そうだね。フェイロンは場を仕切るのが上手かったからね」


 レベッカもうなずく。


「兄様なら……果たして何と言うでしょうか」


 ファーランの自問に、グレイはうつむく。


 答えのない問題にどうアプローチするのが正解だろうか。

 フェイロンなら……エリシアなら……。


 ひたすら最善を追求するのでは?


 誰一人として犠牲にせずに。

 仲間の力を信じるのでは?


「みんなで一緒に王都へ帰ろう。フェイロンも一緒に。ここから脱出するのは次の黎明れいめい。今回は逃げに専念する。チームを再編成し、エリシアを含めた討伐パーティで、今度はドラゴン・イーターを狩る」

「単純だな」

「でも、フェイロンの作戦は大半がシンプルだった。不思議と毎回上手くいった」

「確かに」


 ネロが指を鳴らす。


「黎明に逃げるとして、フォーメーションを考えないとな。何か書くものってあるっけ?」

「私が持っているよ」


 レベッカが広げた紙を四人はのぞき込んだ。


「ファーランは真ん中な。龍騎が怪我して、戦力ダウンしているからな」

「えっ⁉︎ 私がど真ん中ですか⁉︎」

「お姫様フォーメーションだ」

「は……恥ずかしい」

「どういうルートで逃げるのが正解だろうか」

「それでしたら……」


 よどんでいた水が一気に流れ出すみたいに、議論はスラスラと進んだ。


 ……。

 …………。


(待たせたな、フェイロン)


(これから王都へ凱旋しよう)


 グレイはマントを広げた。

 穴だらけの道士服を畳み、その上に骨を重ねていく。


「生きている人間は一個なのにな。死んだら骨がたくさんだな」


 乾燥した骨は軽い。

 表面がザラザラしており、力を込めると折れてしまいそう。


「知っているか。生死不明で国葬された魔剣士は、遺体が発見されると、もう一度国葬されるらしい。良かったな。二回も国葬してもらえて」


『まいったな』とフェイロンの笑う声がした。

 グレイの空耳だが、もし本人が生きていたら苦笑いしただろう。


「ファーランが魔剣士になったぞ」


『うん、知っている』と記憶のフェイロンが返してくる。


「お前が妹を魔剣士にしたくなかった理由、何となく分かったよ。ファーランが魔剣士になった日、お前は戦死しているからな。敗北した姿は見せたくないよな。俺にもエリィがいたから、葛藤かっとうみたいなやつは分かる。格好いい先輩でいたいよな」


 最後の一ピース。

 フェイロンの頭蓋骨を置いて、マントで包んだ。


「心配するな。ファーランは立派な魔剣士になる。この洞窟の中で見つけたと思う。魔剣士として戦う目的を。だから安心して眠れよ」


 すっかり軽くなった旧友をグレイは肩に担いだ。


 もうすぐ黎明だと、名前の知らない鳥が教えてくれた。

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