第90話 紅蓮結界《ファイア・ウォール》

 脱出前。

 グレイたちはフォーメーションを再確認した。


 中央にファーランと龍騎りゅうき

 先頭はネロで、後方はグレイとレベッカが守る。

 ちなみにフェイロンの骨は龍騎の背にくくってある。


 さらに臨時の戦力として……。


「六十……七十……八十……こんなものか」


 ネロの召喚した稲妻の猟犬スキジック・ウルブスが八十頭。

 移動する魔力だからダミーとしての役割は期待できる。


 レベッカは青い鳥を立て続けに飛ばした。

 エリシアが駆けつけるかもしれない、という可能性を少しでも引き上げるためだ。


 これが自分たちの最善。

 後は実力を出し切るのみ。


「頼んだぞ、魔剣グラム。相手は七大厄災パガヌスだから、本気のお前じゃないと話にならない」


 血を数滴、剣身に垂らしておく。


(一番のギャンブル要素は魔剣か)


(皮肉だな、魔剣士のくせに……)


 他の三人もそれぞれの魔剣を解放した。

 最後に四人の拳を合わせておく。


「帰るぞ」

「死ぬんじゃね〜ぞ」

「エリシアが悲しむからね」

「はい、全員で生き延びましょう」


 まずはネロが駆け出した。

 次にファーランが走り、左右を稲妻の猟犬スキジック・ウルブスの群れが駆ける。


 ドラゴン・イーターは視力が良くないとされており、獲物を見つけるには魔力、振動、匂いを頼る。


 ネロの稲妻の猟犬スキジック・ウルブスがいかに時間を稼げるか。

 勝負の分かれ目といえそうだ。


「俺たちも行こう」


 グレイとレベッカも走り出す。


 目の前に広がっているのは平和な景色。

 反面、地面の下では捕食者の気配がうごめいている。


 そろそろ来る。

 一体か、二体か、三体か。

 狙ってくるのは前方か? あるいは後方か?


(どうせなら俺を狙え)


(お前も同感だろう、魔剣グラム)


 ドンッ! と爆音がして右翼のオオカミが宙を舞った。

 巨大な槍となったドラゴン・イーターが地面から飛び出して一帯を吹き飛ばしたのだ。


 もう一体。

 今度は左翼のオオカミが蹴散らされる。


「オイラの魔力ならいくらでも食わせてやるよ」


 ネロは走りながら魔法陣を展開。

 死ぬことを恐れないオオカミの群れが、グレイたちとは逆方向に駆けていく。


(これで二体の奇襲はなくなった)


(残り一体はどこから出てくる?)


 次に煙が上がったのはファーランの進路。

 通せん坊するようにドラゴン・イーターの巨体が横たわる。

 驚いた龍騎がヒヒーンッ! と竿立さおだちになり、ファーランの足も完全に止まった。


「進むんだ! ファーラン!」


 グレイは大七星陣グラン・シャリオを発動。

 すべてを抹消まっしょうする光がドラゴン・イーターの頭部を貫通した。


迂回うかいしている時間が勿体もったいない! こいつの体を踏み台にしていくぞ!」

「はい!」


 まずはグレイが飛び越えて、ファーラン、龍騎、レベッカが続いた。

 小さなショートカットだが、小手先の工夫が命を左右しかねない。


「ふふ……」

「何がおかしい?」

「一緒に戦っている感じがします。最高に。こんな経験、初めてです」

「そうか。ファーランは集団の任務が初めてだったな」


 倒れていたドラゴン・イーターが復活。

 百本の足をオールのように回しながら追ってきた。

 他の二体もグレイたちを追尾してくる。


「次は私が時間を稼ぐ番だね」


 レベッカは右手の剣を構えて、すぅ〜っと水平線を引いた。

 地面から炎がゆらゆら立ち上り、真っ赤な障壁が幾重いくえもできあがる。


 紅蓮結界ファイア・ウォール


 モンスターを閉じ込めるおりのようなもの。

 大型の相手には効果が薄く、案の定というべきか、体当たり数回で壊れかけるが、今回はこれでいい。


 ほんの一時、モンスターを足止めする。

 三体のドラゴン・イーターを一直線に並べる。

 レベッカの狙いはその二点。


「地獄の炎に抱かれろ」


 かけ声と共に魔剣イフリートが黒炎を吹いた。

 地獄から呼び出された二本の炎は、天使の肉体となり、天使の羽となり、天使の剣となり、魔物の前に立ちふさがる。


 六枚の羽を持つ、黒き熾天使セラフ

 天使でありながら、天使にとって最大の敵。


 ルシファー降臨ラスト・インフェルノ


 叩きつける。

 煉獄れんごくの剣を。


 あまりに魔力を消費するせいで、レベッカが一日に一回しか放てない大技は、近くの岩石ごとドラゴン・イーターの外殻がいかくを溶かして、内側の肉まで斬り裂いた。


「やったか」

「いや……」


 ヴァイオレットの目がすがめられる。


「一体だけ傷が浅い。二体は胴を断ち切った」

「十分だ。先を急ごう」


 手持ちのカードが次第に減っていく。

 見えないプレッシャーこそグレイたちの敵だった。

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