第91話 俺の背中を預けてもいいか

 走っている最中、グレイは右肩を押さえた。


「痛むのですか?」

「痛むというより違和感がある」


 昨日のバトルでドラゴン・イーターに斬りかかった時。

 反動で肩に大きな負担がかかったらしい。


「あれほど硬い敵を粉砕するなんて、ファーランはすごいな」

「私の力というより、私と龍騎と魔剣の力であって……」


 ファーランの声が暗くなる。


 行く手に洞窟の入り口が見えてきた。

 ネロが手を振っている。


「もう少しだ! ここまで逃げたら生還できる!」


 グレイは一度だけ振り返った。

 再生を完了させたドラゴン・イーターが一体、猛スピードで突進してくる。


 逃げ切れるか五分五分の距離だろう。

 ネロの援護射撃があれば百パーセント逃げ切れる。


「振り返らずに走れ! レベッカ! ファーラン! もう少しだ!」


 ところが、運はグレイたちを見放した。

 強く大地を蹴った瞬間、地面が激しく揺れたのである。


 思いがけぬイレギュラー。

 あるいは自然のイタズラ。


 足元が一気に崩れる。

 コップの底がすっぽり抜けるみたいにグレイとファーランが落下して、レベッカと龍騎だけ上に残った。


「くそっ……」

「兄様が⁉︎」


 フェイロンの遺骨を包んでいるマントが落ちている。

 ファーランは回収しようと手を伸ばしたが、正面からドラゴン・イーターが迫っており、捕食者の口に飛び込むような格好となる。


「させるかよ」


 グレイは大きく跳躍。

 体を一回転させて、大剣をドラゴン・イーターの頭部に叩きつけた。


「フェイロンの妹に触れんじゃねえ!」


 黒き一閃ブリュンヒルデ

 巨大を押し返したが、無理した代償として、肩の関節が悲鳴を上げそうになる。


 激昂げっこうしたドラゴン・イーターは天に向かってえる。

 遅れてやってきた二体も合流する。


 ゴールまでもう少し。

 前には強敵三体、後ろには段差。


(どうする……)


(俺一人が犠牲になれば、ファーランは確実に逃がせるかもしれないが……)


 グレイは一つ深呼吸した。

『気合いで解決しようとするのはグレイの悪いクセだ』というフェイロンの言葉を思い出した。


「龍騎がなくても戦えるか、ファーラン」

「ええ……まあ……」

「俺の背中を預けてもいいか」


 生唾を飲んだファーランは、魔剣に左手を添えて、切っ先を持ち上げる。


「全員生きて帰らないとエリシアが悲しみます。だから死にませんし、死なせません」

「その意気だ。この場にフェイロンがいれば……」


 最善を追求するはず。

 どんなピンチだろうが。


(頭を使え……知恵を絞れ……)


 左右からドラゴン・イーターが突っ込んでくる。

 体当たりがヒットする直前、グレイは地面を隆起させて、ファーランと一緒に上へ回避した。


 ドラゴン・イーター同士がお見合い。

 巨体と巨体がぶつかり火花を散らす。


「やりました!」

「今のうちに龍騎を逃がしてくれ!」


 ファーランは遺骨の入ったマントを龍騎にくわえさせて、洞窟まで駆けるよう命じた。


 これでいい。

 ディスアドバンテージを一つ消した。


「下がりつつ戦うぞ」


 一体が頭部を叩きつけてくる。

 グレイは魔剣グラムで迎え撃つ。


 黒き一閃ブリュンヒルデ

 ドンピシャで命中したのだが、巨大なエネルギーが生じた反動で、ふたたび足元が崩れてしまう。


(しまった⁉︎)


(地下にたくさんの空洞があるのか⁉︎)


 グレイは地面を三回転して止まった。

 土で汚れた顔を上げると、降ってくるドラゴン・イーターの尻尾が見えた。


「させません!」


 ファーランが魔剣コクリュウソウを盾にして守ってくれた。


「させないよ!」


 レベッカの魔王炎メガフレアが着弾して大爆発する。


「させね〜よ!」


 ネロの雷公鞭サンダー・ボルトが追撃を食らわせる。


「お前ら……」

「兄様の戦友は、私が守ります」

「ファーラン」


 仲間っていいな。

 牧歌的なことを考えつつ立ち上がったグレイは、傷口から血を垂らして追加のエネルギーを魔剣に供給しておく。


「指示をください。次はどうしましょう」

「そうだな……」

「この場で七大厄災パガヌス三体を仕留めますか」

「さすがにそれは……」


 無理だろう。

 途中まで出かかった言葉をグレイは引っ込める。


 見つけてしまった。

 天空に激しく輝くものを。


 太陽ではない、魔物でもない。

 六枚の羽を持つ、白き熾天使セラフ


 グレイと目が合った瞬間、その天使はニコリと笑った。


なんじが力を天に示せ……魔剣アポカリプス」


 黎明だった上空に浄化と創世の光が満ちた。

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