第92話 ミカエル降臨《エンシェント・セイバー》

「エリィのやつ、もうスランプから抜け出しやがった」


 グレイは信じられない気持ちで空を見上げた。

 隣にいるファーランも同じ思いで上官に見惚みほれている。


「エリシアの強さは噂で聞いています。ですが、実際に目にするのは初めてです」

「俺もだ。師匠なのにな」


 コボルト相手にビビっていた八歳のエリシアと、ドラゴン・イーター三体を威圧する今のエリシアが合致するはずもなく、グレイの頭は混乱を起こしそうになる。


(パッと見強そうには思えないが……)


 見た目と実力の乖離かいりがすごい。

 そう言わしめた魔剣士が三百年前にもいた。

 エリシアと同じ名前を持つ、この国の功労者。


 六枚の羽が畳まれる。

 ほぼ垂直に降ってきたエリシアは、三百年ぶりに使い手を見つけた魔剣アポカリプスをきらめかせ、山のように大きな相手を斬りつけた。


 神速の七連撃セイクリッド・ブリッツ


 一瞬、エリシアが光になったような錯覚さっかくがした。

 ワンテンポ遅れてドラゴン・イーターの全身から血が噴き出す。

 真っ赤な雨のように。


 エリシアは地面にぶつかる寸前に翼を広げて、ふわりと舞い上がり、グレイたちの前に着地を決める。


「さてと……」


 魔剣を突きつける。

 狙いは二体目のドラゴン・イーター。


「文献では知っていましたが、なるほど、倒し甲斐のありそうな敵ですね」


 放たれる。

 神々の槍が。


 神聖なる大槍ホーリィ・グレイブ


 ドラゴン・イーターの巨体がふわりと浮き、背中から落ちた。

 虫でも弾くくらいの容易たやすさで、あの七大厄災パガヌスを吹き飛ばした。


「さすがドラゴン・イーター。かなりの耐久力ですね。久しぶりに本気を出せそうです。でも、その前に……」


 エリシアの片手がふさがっている。

 魔法道具マジック・アイテムバードハウスを持っているせいだ。


 周囲をキョロキョロしたエリシアは、困った顔になり、


「すみません、ファーラン。これをどこか安全な場所に隠してくれませんか」


 と悠長なお願いをした。


 ファーランが、はぁ、の顔になる。

 ドラゴン・イーターが三体、突然降ってきたエリシアを狙っている。


「まだ会話の途中ですよ」


 水を差されたエリシアの雰囲気が変わった。

 表情は笑っているが、目の奥が怒っている。


「師匠とファーランが怪我しています。これはお返しなのです」


 召還する。

 光の天使を。


 右手に長剣を、左手に天秤てんびんを持った聖なる天使は、光の鎖によって三体のモンスターを縛り上げた。

 そして一閃する。


 ミカエル降臨エンシェント・セイバー

 ルシファーを地獄へ叩き落とした聖剣は、相手を斬るのみならず、後ろの山にも爪痕つめあとを残してしまう。


 他を寄せ付けない。

 一人だけ別次元の存在。


(半分が魔剣の強さだとしても、だ)


 グレイの腕に鳥肌が浮いてくる。

 魔法の威力に驚いたというより、戦うエリシアの美しさに魅了されてしまった。


「今の私はちょっと機嫌が悪いのです。こう見えても血が苦手なのです」


 グレイの目の前には、大きな地の海と、その中でもがくモンスター三体が映っているわけであるが、理不尽という言葉しか出てこない。


 強い。

 いや、強すぎる。

 呼吸を忘れてしまうほどに。


 八歳の時点でグレイの魔力を超えていた少女は、十年という歳月を経て、アーサー王の領域まで達しつつある。


(恐ろしいのは魔法の威力じゃなくて……)


(エリィが実力の半分くらいしか出していないこと)


 エリシアは六枚の羽をリリース。

 光の矢に変えて、雨のように降らせ、ダウン状態の敵に追い討ちをかけた。


「光の羽は便利なのですが、地上で戦う時に邪魔なのがネックでしてね。エネルギーの再利用なのです」


 わざわざ解説するくらいには余裕があるらしい。


「すみません、遅れました。エリシア参上なのです」

「遅れたもんか。最高のタイミングだ」


 グレイとエリシアは互いの魔剣をカチンと合わせた。

 ファーランも同じように挨拶あいさつする。


「詳しい話を聞きたいのは山々ですが、あの三兄弟、決着をつける気満々ですね」

「気をつけろ、と言いたいが、エリィには余計なお節介か」

「いえ、油断はできません。あの口に捕まったら、私もミンチ状にされるでしょう」

「そうなったら、この国最大の悲劇だな」

「もうっ! 師匠ったら!」


 惚気のろけたが、そこはミスリルの魔剣士。

 一秒後には真顔に戻っている。


「助かったよ、エリシア」


 レベッカが隣に着地してくる。


「相変わらずの切れ味だねぇ〜」


 ネロも合流する。


「エリシア嬢一人でも余裕だったりする?」

「買い被りです。みんなの力が必要なのです」


 これで魔剣士が五人そろった。

 不利に傾いていた天秤の針が、あっさり逆転した。


「さあ、反撃の時間なのです」


 長かった戦いに幕を下ろすべく、五人は同時に地面を蹴った。

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