第93話 赤と黒のコンビネーション

「私が二体を引き受けますから。師匠たちは残りの一体をお願いします」


 エリシアの猛ラッシュにより深傷ふかでを負ったドラゴン・イーター三体であるが、すぐに起き上がり、臨戦モードに入った。


 それもそのはず。

 魔物から見た場合、人間というのは魔力が強いほど美味しい。


 ミスリルの魔剣士という最上級のご馳走ちそうが目の前にある以上、狩られてしまう恐怖より、食べてしまいたい欲望が勝利するのだろう。


(人間だろうが、魔物だろうが、食事が一番の楽しみってわけか)


 グレイは血の味がするつばをゴクリと飲んだ。


「相手が一体だからって油断するなよ」

「でも、エリシア嬢に頼りすぎだよな」

「仕方ないよ。今は緊急時だからね」

「作戦はどうしましょうか」


 三人の視線がグレイに注がれる。

 文句の一つでも言ってやりたいが、あいにく時間がない。


「俺が斬り込む。ネロが追撃。レベッカとファーランが連携して仕留める。他に意見のある者は?」


『意義なし』の声が三つ聞こえた。


 もっともリスクの大きいのが斬り込み役。

 つい損な役回りを引き受けてしまう自分の性格と、耐久力の高さを活かす自分の戦闘スタイルを、グレイは同時に呪った。


「じゃあ、行くか」

「任せたぞ、大将!」

「勝手にリーダーにするんじゃねぇ」


 グレイたちは左右に展開。

『本当にこいつら、好き勝手言いやがって!』という不満を大剣にのせて、思いっきりドラゴン・イーターに叩きつけた。


 手応えあり。

 頭部を砕く。


 理想のスタートを切れたことに安心したグレイであるが、ドラゴン・イーターの口から酸のような液体が飛んできて、頭からモロにかぶってしまった。


(うわっ⁉︎ 臭い⁉︎)


(肌がヒリヒリする!)


(しかも肌と鎧の隙間に入った!)


 これだから接近戦が得意なスタイルは損だよな、とグレイは自虐じぎゃくっぽいことを考えつつ、次の仲間にバトンタッチする。


「ドンマイ! 後は任せとけ!」


 ネロがあらかじめチャージしておいた魔力を左腕から放つ。


 双頭の雷公鞭サンダー・ボルト・ツイン

 器用なネロらしく、感覚器と呼ばれる箇所をピンポイントで破壊した。


 これで相手はしばらく立ち直れない。

 後はいかにしてドラゴン・イーターの生命力を刈り取るか。


「乗りな、ファーラン」


 レベッカが手を貸す。

 不死鳥の煌炎カイザー・フェニックスの背中に乗れ、という。


「怪我した龍騎の代わりになれるか分からないけれども、一人より二人の方が強いだろう」

「いいのですか?」

「あいつを仕留めるには、ファーランと魔剣コクリュウソウの力が必要なんだよ」


 先輩が後輩の力を引き出す。

 シナジー効果を狙った戦い方ができるのも、二人が同じ魔剣士だからこそ。


「ありがとう、レベッカ」

「それは私のセリフだよ」

「でも、重かったらスミマセン」

「ファーランは女の子だね」


 深紅の鳥が飛翔する。

 天に向かってぐんぐん高度をあげたレベッカたちは、ドラゴン・イーターの頭上で急旋回して、隕石いんせきのように落ちてきた。


 この位置。

 この角度。

 まさに完ぺき。

 短い旅の中で、いかにレベッカがファーランを観察してきたか、証明するようなコンビネーションを披露ひろうしてくれる。


「やってやれ」


 グレイは無意識に拳を握った。


 一気通貫メテオ・ストライク

 二つの心が合わさった一撃は、ファーランの半生の中で、初めて兄フェイロンを超えた一撃となるだろう。


『仲間を頼れ』

 あの遺言が何を意味していたのか、無残に散っていくドラゴン・イーターを見れば一目瞭然というやつ。


「やったな」

「だな。……そうだ、エリシア嬢は?」


 グレイが振り返ると、魔剣アポカリプスをパチンとさやに戻すところだった。

 戦闘シーンが見られなかったのは残念だが、肉の山と化したドラゴン・イーターを見れば、一方的なバトル展開だったことは予想できる。


 とにかくエリシアが負傷しなくて良かった。

 グレイにも師匠としての矜持きょうじはある。


「やりましたよ、師匠」

「お見事だ。さすがエリィ」


 エリシアが子供っぽいピースサインを向けてきたので、グレイも同じサインを返しておいた。


「あれ? 酸っぱい臭いがしませんか?」

「臭いの出どころは俺だ。ドラゴン・イーターの胃液みたいなやつを浴びたらしい」

「なんと⁉︎ 可哀想な師匠⁉︎」

「俺に近づくな。変な菌がエリィに感染うつると大変だから」

「あわわわわっ⁉︎」


 勝ったくせに慌てふためくエリシアがおかしくて四人で同時に笑った。

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