第94話 エメラルドの魔剣士の置き土産
フェイロンの国葬は、針のような雨が降ったり止んだりする、
道路に白い花がまかれている。
エリシアとファーランを先頭とした列がメインストリートを抜けて、魔剣士たちの埋葬されている墓地を目指す。
「ゆっくり眠れよ、フェイロン」
墓石に花を手向ける。
そしてもう一つ、グレイの師匠にも花を手向けておく。
「ここが師匠の師匠のお墓ですよね」
「ああ、遺骨は入っていないがな」
お墓参りにルールというものはなく、十字を切ったり、五芒星を切ったり、手を合わせたり、人によって違う。
エリシアは十字を切っているし、ネロなんかは開封した酒を自分の師匠のお墓にドバドバかけている。
「せめて魔剣レギンレイヴは回収したい。アヴァロンに呑まれてしまって、ずっと行方不明のままだ」
必ずある。
この世のどこかに。
一千年の歴史を調べてみると、アヴァロンに呑まれてしまった魔剣が忘れた頃にひょっこり出てくる、なんて事例は珍しくない。
「だから見つけたい。俺の目が黒い内に。最後の恩返しという気がする」
グレイの手にエリシアの手が重なる。
「大丈夫ですよ! きっと見つかりますよ! 私は魔剣の声が聞こえますから! 魔剣レギンレイヴの声だって拾ってみせます!」
「頼もしいな」
葬儀の後、みんなで王宮へ帰った。
今日は肌寒いせいか、メイドの
「にしても、エメラルドの魔剣士のやつ、国葬に参加せず王都を離れちゃったのかよ。付き合いが悪いよな。フェイロンと面識があったくせに」
ネロが素手でケーキを食べながら
「きっと集団行動が苦手なのでしょう。あの人、静かな場所でお昼寝するのが好きと言っていましたし」
エリシアがフォローになっていないフォローをする。
「そういや、グレイは今のエメラルドの魔剣士と面識がないのかい?」
水を向けてきたのはレベッカ。
「いや、あいつが見習いだった時代に会っているはずだ。師匠に似て、ひねくれている印象を受けた」
もう十二年くらい昔だろう。
『なぜ魔剣士を目指そうと思った?』と当時のグレイが質問したら、キョトンと小首をかしげた後、『え〜と……師匠に勧められたから……かな?』と返してきた。
そんな人物なのだ。
つかみどころがなくて、いつも眠そうにしている。
「でも、悪い人ではないですよ。今回だって私の代わりに留守番を引き受けてくれましたし」
「ちょっと待て」
ティーカップを持つグレイの手が震えた。
「あいつ、何か条件を出してこなかったか?」
「大した条件じゃないですよ。ペンドラゴンに滞在している間の食事代を私が肩代わりするのです」
するとレベッカが激しくむせた。
「それは良くない。失敗したね、エリシア」
「はぁ……」
会話が途切れた時、メイドが遠慮がちに入ってきた。
このような物が届いております、と紙の束を差し出してくる。
「請求書……ですか」
「はい、皆様が不在の間にたくさん送られてきました」
全部エリシア宛だった。
高級レストランばかり。
目ん玉が飛び出そうな金額であることは、うはっ⁉︎ というエリシアのリアクションが物語っている。
「約束が違うじゃないですか⁉︎ 予算の上限を決めたのに!」
「残念だったね、エリシア。あいつが勘違いしたんだよ」
エリシアは『総額ここまで使っていい』と伝えたつもり。
でも相手は『一回の食事でここまで使っていい』と解釈した。
じゃないと予算を三十倍も超過するはずない。
「バ……バ……バカじゃないですか⁉︎ こんな大金があったら、貧困の子供一千人くらい救えますよ! 王都にある高級レストランを
「やっちまったな、エリシア嬢。あいつ、食べるのだけは好きだからな」
静かな場所を好むエメラルドの魔剣士のことだ。
『ゆっくり落ち着ける場所は高級レストランくらいか』といって高級肉とワインをたしなむ姿が想像できてしまう。
「うぅぅぅ〜。私、しばらくお小遣いゼロなのです。節約生活に突入なのです」
泣きながら机に伏せてしまうエリシア。
「落ち込むな、エリィ。俺が代わりにお小遣いをやるよ。いちおう師匠だしな」
「ししょ〜! でも、私の貯金が一気に吹き飛んじゃったのです!」
「また一から貯めればいいさ」
グレイは気落ちする弟子の肩に手をかける。
「エメラルドの魔剣士というのは、それほど変わった人物なのですか?」
それまで黙っていたファーランが口を開く。
「実力は本物だ。悪いやつじゃない。一癖も二癖もある人物だが……」
それが四人の一致した意見だった。
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