第167話 腹黒いセリフを聞いた気がする

 空から降りてきたのはほうきだった。

 棒のところに女の人が立っている。


 服装はミーティアに似ており、コートに帽子にスカートにブーツという組み合わせ。

 スカートの奥が見えないようショートパンツのようなものを穿いている。


 魔女の渓谷ウィッチ・バレーの関係者だろうか。

 合宿に参加しているメンバーの中にこの人の姿はなかった。


「よっと」


 マーリンの横に降り立った女性は、まずはカイル、バリスタ、ゴルダークの三人を、それから血まみれのウィンディを見つめた。

 ゆるくウェーブしている髪は明るい金髪で、胡桃くるみのように丸っこい目は深いグリーンだ。

 

「うわぁ……痛そう」


 それから気を失っているミーティアを気にかける。


「あ〜あ……ボクが買ってあげた眼鏡、割れちゃったよ」


 そして視線をマーリンに戻す。


「ねぇ、君。なんで魔剣を二本も使えるの?」

「…………」

「どんな魔剣でも使えるの? たとえばボクの魔剣でも?」


 女性はそういってコートの内側をマーリンに見せた。


「……………………」

「ねぇ、どうして何も答えないの?」

「…………………………」

「そっか。もう疲れているんだね」


 女性は人差し指でマーリンの額をトンと突いた。

 マーリンは糸が切れた人形みたいに崩れ、女性の腕にキャッチされる。


「マーリン!」

「大丈夫。無理やり眠らせただけ」


 お姫様抱っこしたマーリンをウィンディの横に置く。


「この子の体、とっくに限界だから。それだけ無茶な動きをしたってこと。見た目が無傷だからって、内側にダメージがないわけじゃない。これ以上戦わせると、体に障害が残っちゃうよ」

「マーリンは生きているのですか⁉︎」

「当たり前だよ。何日間かは寝ていると思うけれども。体内の魔力がほぼ枯渇している」


 こうして近くで見ると若い女性だということに気づいた。

 ウィンディと大して変わらない、エリシアやミーティアより年下じゃないだろうか。


(でも、現役の魔剣士はエリシア様が最年少という話だし……もしかして童顔?)


 魔剣を持っている。

 この人がエメラルドの魔剣士グリューネだろう。


「ねぇ、君」

「はい?」

「自分が死にそうなのに、なんで人の命の心配しているの」

「えっと……」

「いや、変な意味で聞いたわけじゃなくて。どういう経緯で負傷したのか知らないけれども、君はもっと自分が生き延びることに専念すべきだと思うんだよね」

「ですか……」

「だって君、もう少しで死んじゃうよ」


 グリューネの言う通り、出血がまったく止まらない。

 助っ人が来てくれた嬉しさも手伝って、急に死ぬのが怖くなってきた。


「まあ、いいや。後でボクが手当てするか。出血が少なくなるよう頑張って」

「頑張ってって⁉︎ どうやって⁉︎」

「知らないよ。ボクが教えてほしいよ」


 ウェーブした金髪と一緒でふわふわした性格の人だ。


「あと、ボクの治療費は高いよ。君の師匠は?」

「グレイ様です」

「あ〜、グレイか。あのお人好しは周りから借金してでも金を払ってくれそうだな」


 ものすごく腹黒いセリフを聞いた気がする。


 ここで質問したいことは山ほどある。

 箒の正体とか。


 どういうわけかグリューネの真横でぷかぷかと浮いている。

 意思を持ったペットみたいに主人の後ろを追いかける。


「さてと……」


 マーリンに代わりグリューネが三人組と対峙した。


「ねぇ、白髪の君。その魔剣をどこで手に入れたの?」

「お前の方こそ何者だよ。もしかして現役の魔剣士なのか」

「なんでボクが質問しているのに、まったく別の質問をしてくるの? 新手の嫌がらせ? そんなんだと友達できないよ」


 マイペースなグリューネが面白すぎて、不覚にも笑いそうになる。


 この人、天然なんだ。

 本人に悪気はなくても相手の神経を逆撫さかなでしちゃうらしい。


「お前だって友達いないだろうが!」


 カイルが魔剣を振り抜き、いきなり黒い風を飛ばした。

 グリューネは左手で受け止めると、そっくりそのまま返してしまう。


 防護結界シールドとは違う。

 別の手段で技を跳ね返したらしい。

 自分の技を食らったカイルは唖然あぜんとした表情で傷ついた右手を見つめた。


「なんで会話の最中に攻撃してきたの? 君って本当に失礼なやつだなぁ。えっ? ていうか君の左手は? 手首から先がないじゃん。それじゃ、食事の時に困るでしょ」

「余計なお世話だっつ〜の」


 グリューネがトコトコと迫っていく。

 するとバリスタが地面に手を当てて、火の竜を召喚し、背後から襲わせた。


 反応したのは箒だった。

 炎の牙が刺さるよりも先にグリューネを上空へとさらってしまう。

 空高くへと舞い上がった箒はバリスタの背後に降りてきた。


「ねぇ、君」


 グリューネは乗り物からぶら下がっていた。

 洞窟のコウモリみたいに足を上、頭を下にして空中にふわふわと浮いている。


 帽子や小物が落ちることもなければ、スカートがめくれることもない。

 どういうわけかグリューネの周りだけ天地がひっくり返っている。


「お腹に穴が空いているよね。その状態で戦うなんてすごいなぁ」

「お前……」

「いや、嫌味とかじゃなくて。ボクなら死んだフリしていると思うんだよね」


 この人、強い。

 一瞬でマーリンを眠らせたのもそう。

 隙だらけのようでいて微塵みじんも隙が見当たらない。


 ふざけた性格をしているけれども、グレイと肩を並べる魔剣士なのだと、ウィンディはようやく確信した。

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