第166話 どう許さないのか教えてくれよ

 血肉の焼ける音と、女性の悲鳴が重なった。

 このまま失神してもおかしくないダメージだろうに、バリスタは正気を保っていた。


「殺せ!」


 マーリンの右手首をキツくつかむ。


「私ごと葬っていい! こいつを確実に殺すんだ!」


 炎剣で腹部を貫かれたというのに何という気迫だろうか。

 バリスタもバリスタだが、攻撃モーションに入ろうとしている仲間二人もどうかしている。


 一転ピンチを迎えてしまったマーリンは、軽く舌打ちすると無理やり魔剣を引き抜いた。


 うずくまり傷口を押さえるバリスタの元へ、カイルとゴルダークの二人が駆け寄る。


「うげぇ……痛そう。もう無理にしゃべらなくていいぞ」

「心配はいい。後方支援くらいならできる。さっきはチャンスを無駄にしてすまない」

「マジでバケモノだな、あのチビ助。俺の手首を斬り捨てた時といい、なんつ〜判断力だよ。相当に場数を踏んでいやがる」


 カイルが指摘したのはマーリンの攻撃シーンだった。

 バリスタを串刺しにする時、殺気もなければ迷いもなかった。


 虫や小魚をひねり潰すように。

 感情というものを欠いていた。


「極悪人とも違うな。あれは魔物だな。人へ攻撃することを何とも思わない。ありゃ、少女の形をした魔物だぜ」


 違う。

 マーリンは怒っている。

 ウィンディたちが傷つけられたから、相手をとことん許さない気でいる。


 この場を収められるのは魔剣士しかいないと思う。

 マーリンか、向こうの三人か、どちらか一方が死ぬ。


(どうしよう、グレイ様。このままじゃマーリンが人殺しになっちゃうよ)


 こうしている間にもウィンディの体から血は抜けており、タイムリミットが確実に迫っている。


 止まっていた時計の針が動き出した。

 カイルとゴルダークが斬りかかり、バリスタは魔法で援護する。


 長引けば長引くほどマーリンが不利になる。

 超人的なスピードに相手が慣れてくるからだ。


「おっと、危ねぇ」


 カイルは上体をそらして首元を狙ってきた一撃をかわした。


「よく双剣が使えるな。両利きか。器用すぎるだろう」


 マーリンに弱点があるとすればリーチの短さ。

 自分から近づく必要があり、そこをカウンターで狙われそうになる。


「にしても、ちょこまかと……」


 カイルが目をつけたのは動けないウィンディだった。

 わざと黒い風を飛ばしてくる。


 マーリンは先回りして魔剣アイギスで守ってくれた。

 そこにゴルダークが襲いかかり、横殴りの一撃を叩き込む。


「マーリン!」


 大岩のところまで一直線に吹き飛んだ。

 出血している様子はないが、立ち上がったマーリンの足元がふらついていた。


「ラッキー。脳震盪のうしんとうを起こしたんじゃねぇか」


 あまりの卑劣さに血が熱くなった。

 マーリンの速さに手を焼いたからウィンディを人質みたいに利用したのだ。


「くたばれ! チビ助!」


 魔剣ヴリトラの片手突きをマーリンは左手でガードする。

 腕力では押し負けて、大岩にいつけられるような形となる。


「今だ! おっさん! こいつの首をねちまえ!」

「ッ……⁉︎ 魔剣アイギス! 私を助けて!」


 呼びかけると、眩しい光が魔剣から発せられた。

 カイルが怯んだ隙に抜け出して、ゴルダークの斬撃を紙一重のところでかわす。


 本当に危なかった。

 この戦いでマーリンが初めて表情を変えた。


「もう許さない。私は怒った」

「どう許さないのか教えてくれよ」


 マーリンは魔剣イグニスを地面に突き刺し、そこに自分の魔力を注入した。


地獄炎ヘルフレア


 カイルとゴルダークの足元から真っ赤な火柱があがる。

 二人が炎に飲まれていると、まずはカイルの右肩を、続いてゴルダークの太ももを斬りつける。


「なんのこれしき!」

「やめろ、おっさん! 一対一の接近戦は危ない!」


 ゴルダークは真正面から挑んだが、マーリンが一番得意とする展開だった。


 すれ違いざまに一撃。

 さらに背後から三つの斬撃を浴びせる。

 鎧が粉々に砕け散り、大男の闘志を完膚かんぷなきまでにへし折った。


 地面に膝をついたゴルダークの首筋にマーリンは魔剣アイギスを押しつける。


「見事だ。俺の完敗だ」

「…………」

「言葉をかけるほどの相手じゃないというわけか」


 刃が肉に食い込む。

 そこから赤い線が走る。

 命を絶つべく、さらに力を加えようとした時……。


「ねぇ、君」


 ふいに頭上から声がしてマーリンの気を引いた。


「その若さで人をあやめるものじゃないよ」

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