第165話 魔剣で人を傷つけてはいけない

 ありえない。

 魔剣と使い手は一対一で、基本、使い手が死ぬまで関係は不変とされている。


 でもマーリンは二振りを同時に扱っている。

 ありえないことが複数起きていると、死にかけのウィンディでも理解できる。


 カイルが残った右手で斬りかかる。

 マーリンの体はパッと消えて、カイルの肩口から血が飛んだ。


「やべぇぞ、こいつ」


 バリスタ、ゴルダークの二人が包囲するように移動してくる。

 この時のマーリンの表情は氷のように冷たくて、気弱な少女の面影はどこにもなかった。


「魔剣で人を傷つけてはいけない」

「おいおい、チビ助」


 カイルが流血の止まらない左手首を持ち上げる。


「傷つけてはいけないって、お前が俺の手首を斬り捨てただろう。口と行動が矛盾しているぞ。今のお前は百パーセント矛盾している」

「やめろ、カイル。話して分かる相手じゃなさそうだ」


 バリスタの魔剣アモンがジュワッと燃えた。

 すぐに攻撃しないのはマーリンの隙を見つけられないからだ。


せないな。魔剣アイギスと魔剣イグニスの使い手は生きている。それなのにオッドアイの少女に力を貸している」


 ゴルダークも武器を持ち上げる。

 この状況を理解しようと必死な様子である。


「私の体を守って、魔剣アイギス」


 マーリンが呼びかけると防護結界シールドの光が左腕をおおった。

 明らかに戦い慣れた様子だし、迷いとか躊躇ためらいは一切ない。


 最初に動いたのはゴルダーク。

 両手で戦斧を振り下ろすと、マーリンは左手一本で受け止める。


 若干、体がふらついている。

 それでも普段の五十倍か百倍くらい腕力がある。

 じゃないと体を両断されている。


「おっさんの一撃を腕で受け止めやがった」

「魔力で肉体を強化しているらしい。それなら人間離れした素早さも説明できる」


 マーリンが一回だけウィンディの方を見た。

 相変わらず表情はのっぺりしているが、負傷を心配しているようだ。


(もしかして私がピンチになったから約束を守るために……)


 マーリンの体にどんな変化が起きたのか。

 誰にも分からないし、理屈で説明できるとは思わない。

 でもこれが三百年前のマーリン本来の強さという気がする。


 当時のマーリンも魔剣の使い手だった。

 先代のエリシアと一緒に戦っていた。

 

「ミスリルの魔剣士には一人だけ女の弟子がいるという話を聞いたことがある」


 バリスタが正面を見据えたままいう。


「エリシアが十八歳だから、このくらいの年齢の弟子がいても不思議はない。ミスリルの魔剣士の弟子なら、年不相応の実力にも納得がいく」

「なるほど。向こうの隠し球ってわけね」

「全力でかからないと今度は私たちの命が危ないぞ」

「分かっている。あのチビ助はここで殺す。半殺しとか微温ぬるいことを考えていたら俺たちの方が殺される。ゴルダークもそれでいいよな」

「無論だ。やむをえまい」


 一対三の戦いだ。

 向こうは全員魔剣を持っている。


『どこからでもかかってこい』と挑発するようにマーリンは二つの魔剣を胸の前でクロスさせた。


 カイルが魔剣を振り抜き、黒い風を飛ばす。

 かわしたところへバリスタの火の竜が襲ってくる。

 これも避ける。


 ゴルダークが魔法の詠唱に入っている。

 一帯にある岩石が天に吸い寄せられるみたいに宙へと浮く。


地母神の裁きグラン・バニッシュ


 四方八方から岩でマーリンの体を押しつぶした。

 逃げ場がないから思いっきりヒットした。


 最悪のシーンを想像したウィンディの心臓が凍りそうになる。


 しかしマーリンは生きていた。

 服はダメージを受けているが、体からは一滴の血も流れていない。

 魔剣アイギスが守ってくれたらしい。


「次は私の番」


 低姿勢になり地面を蹴る。

 ゴルダークに突っ込むと見せかけて直角に曲がった。


「バリスタ! お前が狙われている!」


 一瞬で距離を詰める。


「燃えろ……魔剣イグニス」


 バリスタは防護結界シールドで防ごうとしたが、燃えさかる剣が貫通して、おへその部分に食い込み、背中から飛び出してきた。

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