第164話 志願者か、悪くねぇ

 手応えあり。

 むき出しになった胴の部分を、渾身こんしんの力で斬りつけた。


 肉に食い込む。

 さらに振り抜く。


 確実に大ダメージを与えたと思ったが、バリスタの体内からこぼれてきたのは、血ではなく猛火だった。


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 気づいた時には空が見えて、ハンマーで殴られるような衝撃が頭を襲ってきた。


 女の体が爆発した。

 ウィンディの目にはそう映った。


爆弾人形ダミー・ボムだ」


 わざわざ解説してくれる。


「お前が攻撃したのは私によく似た炎だよ。残念だったな。人の心を読めるなら対処してくると思ったが……」


 起き上がろうとしたが、体がうまく動かない。

 肺の中が溶けそうなほど熱い。


「本気になってんじゃね〜よ、バリスタ。その小娘、初心者に毛が生えた程度の実力だろう」

「そうなのだが……不思議な力を使ってきた。私の攻撃をギリギリ見切ってきた」

「単に視力がいいんだろう。田舎育ちによくあることだ」


 シャルティナとカイルの一戦も終わっていた。


 惨敗だった。

 カイルは血染めになったシャルティナの体を放り投げる。

 持ち主の手から離れた魔剣アイギスが地面を転がった。


 カイルの体に目立った外傷はない。

 その事実がウィンディには悔しかった。


「魔剣士の高弟っていうから、どれほどのものか期待したが、全然大したことねぇな」


 もう一つ。

 誰かの倒れる音がしたので首をそっちに向けると、鮮血に染まったアッシュだった。


 シャルティナほどじゃないが、ひどい傷だ。

 横にはミーティアも倒れており、コートが裂けている。


「おい、ゴルダーク。勝ったんなら何かいえよ。敗者みたいな顔しやがってよ」

「勝っても負けても虚しいだけだ。勝ってなお己の弱さに気づく」

「超絶めんどくせ〜性格してんな、お前」


 終わってしまった。

 ふたを開けてみれば一方的な内容だった。


 少し離れたところにマーリンがおり、ポロポロと泣いている。

 血が苦手なくせに戦場に留まったのだから十分偉いと思う。


「戦利品を回収してさっさと退却しようぜ」


 カイルの手が魔剣アイギスに触れかけた時……。


「待てよ」


 アッシュが声をかける。

 立ち上がろうとして失敗し、地面に片膝をついている。


「まだ勝負は終わっていないだろう」

「バ〜カ。どう見ても俺らの勝ちだろう。お前らは負けたんだよ」


 カイルはマーリンを指差した。


「まさかオッドアイのチビ助が残っているとか言わねぇよな」

「俺はまだ戦える」

「あん……」


 カイルの回し蹴りを食らったアッシュの体が吹き飛んだ。

 いつ気絶してもおかしくないのにアッシュは再び立ち上がろうとする。


 少しでも時間を稼ぐ気なのだ。

 もうやめて! と訴える代わりにウィンディは手を伸ばす。


「俺たちの目的は魔剣なんだ。命は助けてやるって言ってんのによ。分からねぇな。お前は魔剣使いじゃないだろうに」

「魔剣は国のものだ。お前らは盗人だ」

「こいつ……」


 魔剣ヴリトラを振り上げるカイルに、仲間のバリスタが制止をかけた。


「やめろ。無闇に人を殺すなと、あの御方から言われている」

「努力義務だろうが。こいつは死ななきゃ負けを認めないだろう」

「少しは頭を使え。時間稼ぎがその男の目的だぞ。相手をしたら思うツボじゃないか」

「でもよ、でもよ、でもよ、こいつら敵だろう。一人くらい殺しておいた方がいいだろう」


 カイルは剣を振り下ろす代わりに、切っ先をアッシュののどに突きつける。


「お前が選べ。俺はこの中の誰かを殺す。お前が決めるんだよ」

「なっ……⁉︎ 殺すなら俺を殺せ」

「ダメだね。残りの五人から選べ。もし選ばなかったらお前以外の全員を殺す。誰かを指名した方が四人多く助かるぜ」

「選べるわけないだろう!」

「五……四……三……」


 こいつ、気が狂っている。

 死ぬ仲間を選べというのか。

 そういう発想を口にすること自体、人としてどうかしている。


 人じゃない。

 言葉をしゃべる魔物じゃないか。


「二……一……」

「殺すなら私を殺せ!」


 気づいた時には叫んでいた。

 アッシュに止められた気がするけれども、カイルの方へ歩いていった。


 この男は有言実行するはず。

 誰か死ぬならウィンディが死ぬべき。


 魔剣を使えないから。

 マーリンが死ぬのだけは絶対ダメ。


「志願者か。悪くねぇ」


 カイルの手が動いた。

 そう思った次の瞬間、額に火傷したような痛みが走り、真っ赤な血が咲いた。


 倒れたウィンディの右脚に長剣が突き刺さる。

 異物が体に侵入したせいで、信じられないくらいの悲鳴を上げてしまう。


「何してる、カイル!」


 怒鳴ったのはゴルダークだった。


「怒るなって。人はどのくらい血を失ったら死ぬのか。知っておいて損はないだろう」

「お前ってやつは……さっきの悲鳴でこちらの位置がバレたかもしれない」

「心配性だな、おっさん」


 体から血がどんどん抜けていく。

 死までの距離が縮まっていく。


 合宿に参加した。

 自分の意思で決めた。

 だから後悔はない。


 エリシア、グレイ、マーリンとたくさん話せた。

 とても楽しかった。


(変わり果てた姿の私を見たら、エリシア様が泣いちゃうだろうな)


 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 今は奇跡を祈ろう。

 魔剣士がこの場に到着するかもしれない。

 少しでも長く生にしがみつく。


「女を傷つけるのは、ホント、趣味じゃねぇんだよな。死んだ妹が生きていたらお前くらいの歳なんだよな」


 そんな言葉とは裏腹に、カイルは右脚に刺さった剣を抜き、ウィンディの左脚に突き刺してきた。

 太い血管を切られたせいで出血のスピードが倍化する。


(ごめん……マーリン……私はここまでだ)


 小さな足音が近づいてきた。

 姿を見なくてもマーリンだと分かった。


 ウィンディの頭の横を通り過ぎたマーリンは、真っ直ぐ魔剣アイギスのところまで歩いていく。

 それを拾うと、今度はキョロキョロして魔剣イグニスのところへ向かう。


「なんだ、チビ助。俺たちのために魔剣を拾ってくれたのか」


 マーリンは何も答えない。

 両手に魔剣を持ったままウィンディのところへ戻ってくる。


「……いけない」

「あん?」

「魔剣で人を傷つけてはいけない」


 光のようなものが空間を走った。

 それが魔剣のきらめきだと理解するのに時間を要した。


 速すぎる。

 剣閃を目でほとんど追えなかった。

 カイルの左手首から先が落ちてきて、ようやく攻撃したのだと理解した。


「このチビ助、俺の左手を切り落としやがった。何だよ、お前も戦えんじゃねぇか」


 カイルは引きつった笑みを浮かべて、ウィンディから距離を開ける。


なんじが力を天に示せ……魔剣アイギス……魔剣イグニス」


 二つの魔剣がマーリンの声に反応した。

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