第163話 人の心を持たない魔物だと思っている

 最初に均衡きんこうが崩れたのはスパイクとバリスタの戦いだった。


 ものすごい爆発音がしたので、反射的にそっちを見たら、浅瀬のところまでスパイクが吹っ飛ばされていた。


 意識を失ったらしい。

 魔剣を手放したのにスパイクはピクリとも動かない。


余所見よそみしている場合かよ!」


 カイルが斬りかかってくる。

 受け止めたウィンディが剣圧に押し潰されそうになっていると、シャルティナが助けてくれた。


「大丈夫?」

「ええ、何とか」


 普通にマズい。

 敵が一人、自由に動けるようになってしまった。

 無茶と知りつつバリスタに挑もうとしたら、後ろから「やめておけ!」というアッシュの声が聞こえた。


 分かっている。

 命が百個あっても勝てはしない。

 それでも戦わないといけない時がある。


「諦めて剣を捨てろ。命までろうという話じゃない。あの赤髪の坊ちゃんも半殺しですませておいた。魔剣を持たないお前が私に勝てるわけない」

「私はミスリルの魔剣士の妹弟子なんだ。諦めるわけないだろう」

「ミスリルの魔剣士? エリシアと同じ師を持つのか」


 布に隠れた口がカラカラと笑う。


「虚勢だな。魔物は斬れても、人を斬るのは怖いだろう。若さゆえの未熟というやつだ」

「問題ない。お前たちのことは人の心を持たない魔物だと思っている」

「ほう……」


 バリスタの目つきが変わる。


 ウィンディには一個だけ試してみたいことがあった。

 実戦の中で未来視……クロノスの瞳を使う。


 一撃浴びせられるかもしれない。

 この女に勝てなくても、味方が反撃するための糸口にはなるはず。


 やってやる。

 剣を構えて、ふう、と息を吐く。


「来なよ」

「太々しい小娘め」


 バリスタは真正面から突っ込んできた。


 これはフェイント。

 ウィンディの剣が動くと同時に一歩引いて、側面に回り込んでくる作戦だと、クロノスの瞳が教えてくれる。


(そこだ!)


 未来の像に斬りかかる。

 剣はバリスタの顔面をとらえかけ、紙一重でかわされてしまう。


「危ない……危ない」


 斬ったのは頭に巻いている布だった。

 きれいな黒髪がほどけて風にそよぐ。


 反応された。

 いや、ウィンディが何か仕掛けてくるとバリスタは予測していた。

 未来が見えたとしても向こうが実力者ならば対応できてしまうらしい。


「お前、おかしな術を使ったな。私が回り込むよりも先に迎撃のモーションに入っていた。まるで人の心を読んだみたいだ」

「…………」

「あるのか? そんな術が?」

「あったとしても教えるわけないだろう」

「ふむ、正論だな」


 近づくのは危ないと判断したのか、バリスタは火球を飛ばしてくる。

 ウィンディはクロノスの瞳を発動させつつ、次々とかわして距離を詰めていった。


「やっぱり私の心を読んでいるのか」


 これでいい。

 バリスタは今、不気味なプレッシャーを感じているはず。


 ミスが出るのを待つ。

 おそらくチャンスは一回。


 敵の飛ばしてくる火球が二個ずつに増えた。

 しかし、未来が見えるウィンディには関係ない。


 もうすぐ剣が届く距離になる。

 あと七歩くらい。


 避けるのはギリギリでいい。

 どんな攻撃も今のウィンディには当たらない。


「この火球、お前が避けたら後ろのオッドアイに命中するぞ」

「ッ……⁉︎」


 ウィンディは一瞬足を止めそうになった。


「バカめ……嘘だよ」

「うん、知ってる」


 鋭く踏み込んで、完全にバリスタの懐に飛び込んだ。

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