第162話 両方とも助けたいけれども

 マーリンの手をそっとつかんだ。


「私、行かないと。ここで待っていて」


 選んだのは戦い。

 剣を握り直したウィンディは、シャルティナたちの方へ駆け出した。


 もう後ろは振り返らない。

 マーリンに『行かないで!』と引き止められたら逃げる口実にしてしまう。


 少し目を離していた間に戦いの火蓋ひぶたは切って落とされていた。


「我が命を食らえ……魔剣アイギス」

「我が命を食らえ……魔剣ヴリトラ」


 シャルティナと白髪の男、カイルの剣がぶつかる。

 腕力で押し勝ったのはカイルだが、反撃の魔法が飛んできて頬っぺたから血が飛んだ。


「女を叩き潰すのは俺のポリシーに反するのだが……」

「私をただの女と思っていたら死ぬよ、君」

「でしょうな」


 別の場所から火柱が上がった。

 こっちはスパイクと色黒の女との戦いだった。


「我が命を食らえ……魔剣イグニス」

「我が命を食らえ……魔剣アモン」


 周りの空気がみるみる温度を上げていく。

 スパイクだけでなく女の方も炎の魔法を得手えてとするようだ。


「女だからって手加減は要らないよ、坊ちゃん」

「誰がするか」


 スパイクが攻めて攻めて攻めまくるが、女は舞うような動きでかわしていく。


 残ったのはミーティアと大男だ。

 大男は三日月の形をした斧の部分で左手の甲を裂くと、こぼれた血を魔剣に垂らした。

 ミーティアの方も血を封じたガラス管を取り出す。


「我が命を食らえ……魔剣キュベレー」

「我が命を食らえ……魔剣ベリアル」


 二人はすぐに動かない。

 睨み合いのような時間が続き、先に口を割ったのはミーティアだった。


「あなたの魔剣ベリアル、自力で手に入れたものじゃないでしょう。誰からもらったのですか」

「…………」

「だんまり……つまり図星ですか」


 ミーティアはそう決めつけたが、大男はポーカーフェイスを貫いており、本当かどうかは分からない。


 推測できることは一個だけ。

 三人には他にも仲間がいる。

 じゃないと魔剣士に喧嘩を吹っかけるなんて無謀、おかせるわけない。


 金属と金属がぶつかる甲高い音が響いた。


 横から斬りかかったのはアッシュ。

 大男は正面を向いたまま魔剣でガードしている。


「ミーティアさん、俺があんたの盾になる。魔法でこいつを倒してくれ」

「助かります。なるべく早く終わらせましょう」


 これで三つの戦場ができた。

 ウィンディは自分が加勢すべき場所を探した。


 カイルが長剣を振り上げる。


黒旋刃ブラック・ゲイル!」


 幾筋もの黒い風が荒れ狂い、鋭利な爪のように地面を裂いていった。

 シャルティナは特大の防護結界シールドを張って受け止めるが、とてつもない威力なのは苦悶くもんの表情を見れば伝わってくる。

 その証拠に離れたところにある大岩がバラバラに砕けている。


 あの黒い風に触れてはいけない。

 一発で血肉にされてしまう。


「すげぇ〜な、お前。一撃で仕留めるつもりだったけどな」

「ネロ様の技に比べたら全然大したことないね。修行が足りないんじゃないの」

「おいおい、マウントを取るために他の誰かを引き合いに出すのは卑怯じゃないか」


 シャルティナは強がっているが、たぶん苦戦している。

 それほどカイルの火力が高い。


「アホか、カイル」


 横から苦言をていしたのは仲間の女だった。


「お前の技が私とゴルダークをかすめたじゃないか。コントロールに自信がないなら無闇に使うな」

「おう、わり〜わり〜、バリスタ」


 それまで守勢に回っていたバリスタが一転攻勢に出てきた。


太古の紅火竜エンシェント・ヴァーミリオン


 炎のドラゴンを召喚して襲いかかる。

 対するスパイクも魔法で応戦しているが、やや押し負けている。


「坊ちゃんの炎はその程度かしら」

「いいだろう。俺もとっておきの技を見せてやる」


 どうしよう……。

 シャルティナもスパイクも楽じゃない。

 両方とも助けたいけれどもウィンディの体は一つしかない。


(ごめんなさい! スパイクさん!)


 後ろ髪を引かれる思いでシャルティナの方へ駆け出した。


「援護します! シャルティナさん!」

「ありがとう、ウィンディ」


 一度振り返ったカイルはこちらの目を見てニヤリと笑った。


「お前、いい目つきしているな。しかも宝石みたいな青色じゃねぇか」


 その余裕、消してやる! と心の中で返しておいた。

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