第161話 命と同じくらい大切なもの

 三人目は女だった。

 肌は浅黒く、頭に布を巻き、口元も布で隠している。


 すらっとした手足が敏捷びんしょうな猫を思わせる。

 おへその部分を露出させた扇情的な衣装をまとっており、エキゾチックな空気をかもし出している。


 女はシミターのように湾曲した剣を持っていた。

 魔剣だろうか、切れ味は鋭そうだ。


「お前がリーダーか?」


 スパイクが剣を突きつける。


「どうしてそう思う?」

「最後に出てきたからだ」

「ハッ……赤髪の小僧、案外アホだな」


 女が小バカにするように笑うと、スパイクのこめかみに青筋が浮いた。


「俺は小僧じゃねぇ! もう二十歳だ!」

「良いところの生まれだろう。苦労を知らない坊ちゃんやお嬢ちゃんは、実年齢より幼いと相場が決まっている」

「なにを⁉︎」


 喧嘩腰のスパイクをシャルティナがなだめた。

 怒ったら相手の思うツボだよ、と。


「話し合いと言いましたね」


 一番冷静なミーティアが横から口を挟む。


「手短にいうと、私たちは魔剣を集めている。魔剣が欲しくてこの山へやってきた」

「何のために魔剣を集めているのです?」

「それは明かせない」


 三人の要求は単純だった。


「死にたくなければ魔剣を渡せ」

「できるわけないでしょう!」


 シャルティナが全力で拒否する。


 魔剣とは命と同じくらい大切なもの。

 見習いだからといって覚悟の大きさは変わらない。


「国から与えられた使命の象徴なんだ。私は魔剣アイギスに選ばれた時、命は捨てたと思っている」

「残りの二人も同じか」

「当然だ」

「当然です」

「それは困ったな」


 女は本当に困ったように首を振る。

 すると大男が進み出た。


「三振り全部渡してほしいという話ではない。どれか一振り渡してくれたら、我らは手を引こう」

「ふざけんな! さっきのシャルティナの言葉が聞こえなかったのか! 死んでも渡さねぇよ! そもそも人から魔剣を奪ったところで、元の持ち主が生きていたら意味ないだろうが!」


 スパイクの言う通りだ。

 魔剣と使い手は一対一の関係で結ばれている。

 新しい使い手が出てくるためには、元の使い手が死ぬか、魔剣から見限られる必要がある。


 人から盗んだ魔剣に意味はない。

 まさかコレクションが目的でもないだろう。


「むしろ、魔剣を置いていくのはお前らの方だぜ。俺は図鑑を丸暗記しているから知っている」


 スパイクの剣が白髪の男を指した。


「お前の長剣は魔剣ヴリトラ……」


 それから大男を指す。


「お前の戦斧は魔剣ベリアル……」


 そして最後に女。


「お前の片手剣は魔剣アモン。いずれも過去に紛失したとされる魔剣たちだ。魔剣を私物化するということは、過去の使い手たちを侮辱するも同じ。二度と魔剣が持てぬよう成敗してくれる」


 やり取りを見守っていた白髪の男がくっくと笑う。


「ほ〜ら、言わんこっちゃない。話し合いでどうにかなる問題じゃないだろう。俺がコイツらの立場でも同じことをいうぜ。魔剣が欲しけりゃ、俺を殺して奪ってみろよってさ」


 怪我の手当てをすませたアッシュが立ち上がった。

 戦いに加勢するつもりらしい。


 ウィンディは迷っていた。

 どちらも魔剣使いが三名いる。

 加えてこちらにはアッシュもいる。


 負けるわけない。

 シャルティナもスパイクもミーティアも後継者と目されている実力者なのだ。

 敗北なんてあってはならない。


(この場所にグレイ様がいたら……)


 そう願った瞬間、心のもろさのようなものに気づいてしまった。


 疑っている。

 仲間の実力を。

 自分の剣を。


『その剣先が届くより先に、この魔剣ベリアルがお主の胸ぐらを貫通する』


 あの言葉が呪いみたいに効いている。


 やってみなきゃ分からない。

 もしかしたら一撃くらい与えられるかもしれない。

 無理と決めつけたら、その瞬間に無理となる。


 アッシュが大剣を構えたまま移動してきて、小声で話せるところまできた。


「ウィンディはどうする?」

「アッシュは?」

「ここで死ぬかもしれないと思っている。でも、ウィンディまで死ぬことはない。お前とマーリンは若くて未熟だ。コイツらの性格からして、命乞いしている女の命までは奪わないだろう」

「私は……私は……私は……」


 決められない。

 選ぶべき答えが分からない。

 自分が死ぬのも怖いし、マーリンが死ぬのはもっと怖い。


 私がみんなを守る!

 自信を持ってそう言えたら、どれほど幸せだろうか。


 自分はグレイやエリシアとは違う。

 天才じゃない側の人間。

 その事実が辛い。


「一緒に戦えとは言わない。加勢しなかったからといって、後で責めてくる奴はいないだろう。そのくらい一般人と魔剣使いの実力には開きがある」

「アッシュ……」

「スパイクたちにはある。いつでも死ぬ覚悟が。これは個々人の問題でもある」


 次の言葉はアッシュの遺言に似ていた。


「後悔のない選択をしろ……戦っても、逃げても、どっちも正解だ」

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