第168話 魔女の一族に伝わる禁術

 グリューネが提示した選択肢は二つ。


 大人しく魔剣を手放すか。

 その場合、三人の命まではらない。


 もしくは一戦交えるか。

 こっちの場合、全滅させる気でいく。


「好きな方を選びなよ。手当てしないと死んじゃう子がいるから、五つ数える間に決めちゃってね」


 カウントダウンが残り一つになった時、最初に魔剣を手放したのはカイルだった。


「やめた。ボロボロの俺たちじゃ、万に一つの勝ち目もない。俺は魔剣より命を取るぜ」


 魔剣ヴリトラを捨てた右手でマーリンに斬られた左手を回収する。


「しかし、魔剣を捨てたところを攻撃されたら……」

「その女が言っただろう。俺たちの命より見習いの救助を優先するはずさ」


 バリスタが決めかねていると、ゴルダークも魔剣を捨てた。


「カイルの言う通りだ。魔剣よりも命を優先しろと、我々は指示を受けている」

「くっ……」


 バリスタも不承不承といった感じで武器を足下に置く。


「これでいいかい。え〜と……名前は……」

「エメラルドの魔剣士グリューネだ」

「グリューネさんね。その名前、覚えたぜ」

「いやいや、覚えなくていいよ。気味が悪いから」

「ふん……」


 三人はゆっくりと後退し、それから川沿いを一気に走り去っていった。

 その後ろ姿が見えなくなった後、グリューネは体をひねりながら着地する。


「どうして三人を見逃したのですか」


 ウィンディは首から上を向ける。


「ん? 君の手当てが優先だろう。それとも殺しておくべきだったと思う?」

「グリューネ様なら生捕りにできたんじゃないでしょうか」


 グリューネはその質問には答えず、傷の手当てを開始した。


「三人組には信念のようなものがあった。拘束しても意味ないと思うよ。けっきょく死んじゃうだろうね」

「ですか……」

「あと生かしておいたら、別の魔剣を見つけてくるかもしれない。奪い取ったら楽に回収できるでしょう」


 グレイなら同じ選択をしただろうか。

 彼らを野放しにするのは危険と判断して、王都まで連行していたと思う。


「どうやったらグリューネ様みたいに強くなれるのでしょうか」

「生きるか死ぬかの瀬戸際でその質問をしちゃう? 師匠のグレイに似て生真面目だな〜」


 グリューネの左手から光の粒が降りてきて、静かな雨のように体内へ吸い込まれていった。


 優しくて、温かい。

 油断すると泣きそう。


「まず一個。魔女の秘密を教えておこうか。ボクって君が想像するより歳を食っている」

「でも、私と変わらないように見えます」

「体の老化を止めているから」


 魔女の渓谷ウィッチ・バレーに伝わる禁術らしい。

 女性としての生殖機能を捨てる代わりに、外見は一切老けなくなる。


 術の対象となるのは若い処女だけ。

 老化による戦力ダウンを防止するため、特別に才能がある者だけが使うことを許されている。


 この術を使った人は見た目と中身が釣り合わなくなる。

 魔女が魔女と呼ばれるようになった所以ゆえんらしい。


「ほら、ネロって子供のままだろう。あれは魔剣に選ばれた事故なんだけれども、似たことが魔女もできると思ってほしい」

「もう一生子供を産めないってことですか?」

「そうだよ。ボクはレベッカと違って結婚願望とかないからね。自分によく似た子供とか産まれたら嫌でしょう」


 それは容姿のことだろうか、性格のことだろうか。

 少なくともグリューネの顔つきは女性なら憧れるレベルだと思う。


「注射を一本打っておくか。ねぇ、注射って知ってる?」

「何ですか、それ」

「薬液を体内にぶち込む道具だよ。君の体に針を刺すんだよ」


 コートの内側から取り出した現物を見せてくれた。


 ガラス管の中に怪しいブルーの液体が入っている。

 痛みを和らげてくれる効果があるらしい。


「じゃあ、お願いします」

「お尻に打ち込むから。ちょっと横になってよ」

「えっ⁉︎ お尻に直接その針を突き刺すってことですか⁉︎」

「当たり前じゃん。いくらボクでも服の上からお尻の血管に突き刺すのは無理だよ」


 うぐっ⁉︎

 この場でズボンと下着を脱げという意味らしい。


「女同士でしょ。何を恥ずかしがってんの。ボクが十代の女子のケツを見て喜ぶとでも」


 いえ、今穿いている下着、とってもダサいのです。

 なんて正直に打ち明けられるわけもなく……。


「ちょっと待ってください」


 羞恥の炎に焼かれつつ、太陽の下に尻をさらした。


 グサリ! と。

 お手製の鎮痛剤とやらが侵入してくる。


 自分の情けない姿を想像して「あっ……あっ……」と変な声が出てしまった。

 隣でマーリンが寝ているから恥ずかしさも二倍というやつだ。


「そうそう、質問の答え。どうやったらボクみたいに強くなれるかってやつ。そもそも君はボクじゃないし、ボクだって君が想像するほど強くはない」


 グリューネは注射を引き抜くと、使い終わったガラス管をコートの内側にしまった。


「でも、魔剣士の端くれだから、伸びる子と伸びない子の区別くらいはつく。君は伸びる側の人間だと思うよ。言葉じゃ上手く伝えられないけれども。死に物狂いで頑張ったら、うちのミーティアなんか簡単に超えちゃうんじゃないかな」

「ありがとうございます。明日を生きる勇気になりました」

「お礼なんかいいって。それよりも治療費なのだけれど」


 目玉が飛び出そうになる金額を告げられてしまい、命拾いした嬉しさを一瞬で消し去ってくれた。


「もう少し安くなりませんかね。半額くらいに」

「ねぇ、君。命の値段って分かる。治療費をケチるってことは、自分の命を値切るってことだよ」


 ウィンディに大した蓄えがあるはずもなく、グレイに請求がいくのかと思うと心は雨模様だった。

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