第169話 ボクがOKを出すまで安静に
治療のため王都まで運ばれた。
一日に三回グリューネがやってきて、怪しい薬をウィンディの体に注射していった。
種類はたくさんあり、痛み止め、内臓の働きを良くするやつ、筋肉の修復を助けるやつ、血の量を増やすやつ、といった具合だ。
食欲はまったくない。
そう伝えると空腹になる薬を打たれた。
「私っていつ頃に外へ出られますか?」
「元気になった気でいられちゃ困るよ。それは錯覚。筋肉も内蔵も回復の途上だから。ボクがOKを出すまで安静にしていなさい」
「……はい」
グリューネに注射されると毎回眠くなる。
体の治癒力を高めるため、催眠効果のある薬を混ぜているらしい。
次に目が覚めた時、グリューネの姿はなく、窓辺からは夕陽が差していた。
マーリンとは会っていない。
三日間も眠りっぱなしらしい。
シャルティナ、スパイク、ミーティアの三人は別の部屋で治療を受けている。
最初に元気になったのはアッシュで『今日から元の生活に戻る』と今朝に教えてくれた。
(その内マーリンは目覚めるとグリューネ様はいっていたけれども、やっぱり心配だな……)
気になる。
マーリンの人格が。
昔の記憶を取り戻したのだろうか。
その場合、臆病でドジで気合いが空回りしてヒヨコみたいにウィンディを追いかけてきたマーリンは消えるのだろうか。
(そんなの嫌だ!)
そう思う一方、あるべき姿なのだ、と割り切る気持ちもある。
結果がどっちに転んだとしても目の前の彼女を受け入れるつもりだ。
扉をノックする音がしてフルーツの
「調子はどうだ?」
「だいぶ良くなりました。外に出たいとグリューネ様に伝えたら却下されました」
「そうか。順調に回復しているなら何よりだ。さっきグリューネと話してきたが、明日になったら散歩くらいは許可してくれるらしい」
ウィンディが見ている前でグレイは果物を切ってくれた。
自分で食べようとしたら「動くな」といわれ、口の中へ入れてくれた。
とても照れる。
幼児に戻ったみたいで甘えたくなる。
グレイは毎日会いにきてくれる。
襲撃の件があってバタバタしているだろうに申し訳ない気もする。
「さっきマーリンが目を覚ました」
びっくりして口の中のフルーツを吹きそうになった。
「無事でしたか⁉︎ 意識はしっかりしていますか⁉︎」
「自分が怪我人なのにマーリンの心配か。優しいな、ウィンディは」
グレイがおかしそうに笑う。
「マーリンもウィンディの心配をしていた。ちゃんと生きていると伝えたが、中々信じてもらえなかった」
「それじゃ、私のことは覚えているのですね」
「当たり前だ」
マーリンの記憶から自分が消えているかもしれないという恐怖が一掃されて胸をなで下ろす。
「丸三日寝ていたとマーリンに伝えたら、ひどく
「三人組が襲ってきたことは?」
「そこは覚えているらしい」
仲間たちが次々と倒されていった。
そこでマーリンの記憶は途絶えている。
「マーリンはひどいダメージを受けていました。もう肉体は限界だとグリューネ様がいっていました」
「そうだな。全身が激しい筋肉痛みたいな状態だ。あれじゃ、ちゃんと回復するまで歩けないだろう」
今エリシアとグリューネが治療方法について相談している。
なるべく負担の少ない方法で治すのがエリシアの希望らしい。
「それよりウィンディは大丈夫か。かなり怖い思いをしただろう」
カイル、バリスタ、ゴルダークの顔を思い出すと心臓の弁がキュッとなる。
「大丈夫です……といったら嘘になりますが、次に戦う時は私が勝てるよう強くなります」
当たり前のことをいったつもりが、グレイは果物ナイフを落とした。
「すまない。思ったより大丈夫そうだな」
「あれ? 変なこといっちゃいましたか?」
「ウィンディは強い子だ。さすが俺の弟子だ」
もっと落ち込んでいると思っていたらしい。
確かに実力の差はショックだったけれども、向こうは魔剣を持っていたし、ウィンディの方が若いし、これから成長する余地もあるし、一日でも早くトレーニングを再開させたいのが本音である。
「アッシュから話は聞いている。一人だけ犠牲になろうとしたそうだな」
「あの時は何かしなきゃって気持ちで……。冷静に考えてみると、よく決断したな、とは思います。たぶんマーリンを守りたくて」
ふいに涙が落ちてきて、ウィンディの手を濡らした。
マーリンを守りたかった。
なのに守られてしまった。
ウィンディの助けなんか必要ないほど本来のマーリンは強かった。
その事実が、ちょっと悔しい。
「おい、大丈夫か」
「ええ、平気です。私が今抱えている悩みというのは、私が強くなれば全部解決しますから」
グレイの前では泣きたくない。
そう思って無理に笑おうとしたら涙が増した。
目元をゴシゴシしていると、大きくて
「今日くらいは思いっきり泣いたらいい。本当に忙しくなったら、泣く暇なんてないのだから」
言葉の端々から伝わってくる期待が嬉しくて、不器用な笑みを返しておいた。
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