第170話 マーリンは今日も可愛い

 翌朝。

 木製の車椅子を押したエリシアが訪ねてきた。

 腰かけているのはマーリンで、ウィンディと目が合うなり百点のスマイルをくれた。

 その背後にはグレイもおり、四人で集まるのは一週間ぶりである。


「おはようございます、エリシア様、グレイ様、マーリン」

「おはようなのです」


 もっと近く! もっと近く! と訴えるようにマーリンが手を伸ばす。

 エリシアは母親みたいに笑って、マーリンの車椅子をベッドの横につけた。


「思っていたよりウィンディが元気そうなのです」

「マーリンったら。ウィンディに会わせてほしいって昨夜は大変だったのですよ」

「近くにいるのに会えないなんて拷問ごうもんに等しいのです」


 普段は控えめなマーリンがはっきりと要求を口にするなんて、心の底から会いたいのが丸分かりで、今日も可愛いなと思ってしまう。


 エリシアは愛弟子を抱っこしてベッドに座らせた。

 するとマーリンが仔猫みたいに甘えてくる。


「ウィンディの匂いがするのです」

「ちょ……私はお風呂に入っていないから。汚いって」

「お風呂に入っていないのは私も一緒なのです。おあいこでしょう」


 エリシアとグレイが見守っている前なのに頬ずりしてくる。


(マーリンってこんなに可愛かったっけ⁉︎)


 合宿前より積極的になっている。

 余所余所よそよそしいマーリンも好きだけれども、甘えん坊なのも悪くない。


「ウィンディの体の傷もほとんど目立たなくなりましたね」


 エリシアの白い指が体のあちこちに触れてくる。


 戦闘中にもらった生傷は目立たないようグリューネが消してくれた。

 太ももの傷だって凝視しなければ分からないレベルまで薄くなっている。


 でも一個だけ。

 カイルにつけられた額の傷は残している。

 勲章のようなものだ。


「よかったのですか? 消すのなら今のうちですよ。日が経つほど消えにくくなります。ウィンディは女の子ですから、顔に傷があるというのは……」

「いいのです、エリシア様。この傷は私にとって誇りみたいなものですから。前髪でほとんど隠れますし」


 グレイの師匠も額に傷があったらしい。

 消すことも可能だったのに、残していたということは、思い出深い何かがあったのだろう。


「ウィンディの傷、バラの花が咲いているみたいなのです」

「うん、花びらを集めたみたいでしょう」


 マーリンが以前のままであることに安心したウィンディは、頭を軽くナデナデしておいた。


 今のマーリンは弱い。

 魔剣も使えないし、筋力も強化できない。

 カイル、バリスタ、ゴルダークの三人を倒したのはエメラルドの魔剣士だと信じている。


 でも、マーリンが魔剣を二本操っていたのは紛れもない事実である。

 そんな芸当、一千年の歴史に記録はなく、エリシアやグレイでも原理が分からない。


(もしかしてマーリンって魔剣の誕生に関係しているのかな?)


 ないない。

 それじゃマーリンが一千年より前、アーサー王よりも古い人間になってしまう。


 この日もグレイが果物をむいてくれた。

 水々しいオレンジで、マーリンと一緒だと二倍おいしい。


「今日から外に出ていいとグリューネから許可をもらった。どうだ? 歩けそうか?」

「はい、問題ありません」


 グレイが見ている前で部屋の中を一周してみる。

 平気であることをアピールすると、エリシアが拍手してくれた。


「じゃあ、マーリンはウィンディに預けましょうか。王宮の庭なら自由に散歩して構いません。後で紅茶とクッキーを届けさせますので、一日ゆっくりと過ごしてください」


 やったね! とハイタッチしておいた。

 エリシアとグレイが退室して二人きりになると、ベッドをベンチ代わりにして雑談した。


「ちょっとせちゃったね」

「そうなのです。たくさん食べるようグリューネ様から命じられました。いつもの二倍くらい食べないといけないそうです」

「マーリンって少食だもんね。大変そう」


 ウィンディは枕元に置いてある人工魔石を見せた。


「けっこう成長したでしょう」

「本当です⁉︎ いつの間に⁉︎」

「寝る以外にやることがなくて退屈だったから。少しでも魔力を伸ばしていこうと思って」


 小指の爪くらいだった魔石が親指の爪くらいまで成長している。

 ウィンディの魔石は深いブルーで、ところどころマーブルみたいな白い模様が入っている。


 やり方を教えてくれたのはソフィアという女性だった。

 豊穣祭エリシア・デイで出会った日が懐かしい。


 あの日もマーリンはピンチになって、ソフィアが助けてくれた。

 あんな風に誰かを救えたら格好いいと思う。


「ウィンディはとても成長しています」

「ん? 急にどうしたの?」

「私もいつかウィンディに追いつきたいです。そのためには毎日特訓する必要があります」


 マーリンが真面目に言うものだから、反応に困ってしまい、意味もなく目をパチパチさせた。


 本当はウィンディなんか軽く凌駕りょうがしている。

 マーリンが目標とすべきは師匠のエリシアだろう。


「私も……追いつきたい人がいる」

「グレイ様ですか?」

「ううん」

「じゃあ、エリシア様ですか?」

「違うよ。エリシア様は別格だよ。でも、いつかその人と肩を並べられる存在になれたら嬉しく思う」

「え〜、誰なのか教えてくださいよ〜」

「今は秘密かな」


 マーリンが上目遣いで甘えてきたけれども、夢が実現する日まで内緒にしておこうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る