第159話 気づいたってことに、気づかれた

「ミスリルの魔剣士の弟子だと、魔剣士になれないって本当ですか⁉︎」


 マーリンの頓狂とんきょうな声が山道に響いた。


「そういう意味じゃないよ。ミスリルの魔剣士はいつも空位だから。エリシア様の跡は継げないって意味だよ」

「ということは、もし私が魔剣士になる場合、他にある七つのどれかを継ぐわけですね」

「そういうこと」


 このあたりの事情をグレイに聞いたら『前例があまりないので特にルールは決まっていない』と返された。

『どうせ強いやつが魔剣士になる』とも。


 ウィンディの夢はもちろん魔剣に選ばれて、いつかオリハルコンの魔剣士を継ぐことだ。

 今より何倍も強くならないといけないし、隣にいるマーリンもある意味ライバルと呼べる。


「これで四つ目か」


 シャルティナが石の祭壇に置かれた魔法道具マジック・アイテムを回収する。

 ガラス玉のような球体の中で火がチリチリと燃えている。


 触れさせてもらった。

 見た目とは裏腹にひんやりと冷たい。


「残る石は一個だね」


 五芒星ごぼうせいを描くように石は配置されており、地図を見ながら時計回りに移動している。


「あっちに小川があるからさ。河原で休憩していこうぜ」


 スパイクが小道を指差せば、


「いいんじゃないですか。せっかくのお天気ですし」


 とミーティアも賛成した。


「まったく。私は早くネロ様に完了報告したいのにな」

「お前はいっつもネロ様、ネロ様だよな」

「当たり前だ。尊敬する師匠なんだ」


 シャルティナはネロのことを素直に好きと表現する。

 本人に向かって直接『好きです』とは言わないが、表情に出やすい人だから、周りの人たちも気づいているだろう。


 きっと感情が豊かなのだ。

 そんなことを考えつつ、シャルティナの背中を追いかけて河原へ向かった。


 アッシュが川の水を手ですくって飲み始める。

 ウィンディも隣にしゃがみ込み、同じように喉をうるおした。


「アッシュはどうだった。合宿に参加した感想は」

「いい刺激だよ。見習いのほぼ全員が俺より若い。こんなことを言ったらクソダサいのだが……」


 アッシュが濡れた口元を腕でぬぐう。


「もっと若い時に参加してみたかったな。ウィンディやマーリンくらいの年齢だと、見える景色も違うんじゃないか」


 アッシュはもう二十五歳。

 弟子入りした目的だってウィンディとは違う。


「そんな顔すんなって。今は毎日が充実しているよ。この歳になっても俺は成長できる。新しい発見だし、自信にもつながる」


 アッシュは傭兵としてのキャリアが長い。

 顔と名前を知っている人が死んだことなんて何回もあるらしい。


「強くなけりゃ、助かる命も助からなかったりする」


 握ったアッシュの手からギリッと音がした。

 この男の背負っている宿業の一端を垣間見た気がした。


「一番の敵は老いだな。二十代は若さで乗り切っても、ゆっくりと確実に衰えていく。でも、五十や六十になっても傭兵を続けるやつはいる。経験を力に変える、なんてジイさんの発想だ。強いやつは何歳になっても強い。ただ純粋に強いんだ」


 グレイが五十歳になったとする。

 今ほどじゃないにしても、別格の強さをキープしているだろう。


「ジジイになるなら、強いジジイがいい。それが俺の目標だ」

「変なの」

「ウィンディも俺くらいの歳になれば分かるさ。劣化していくやつは二十代でも劣化していく。毎年成長していた子供時代とは違う」


 アッシュは口数が少ないから、何を考えているのか分からない男というイメージが付きまとうけれども、根は優しくて気さくだったりする。


『グレイ様の弟子にならないか』


 そう誘ってくれたのもアッシュだ。

 この男が兄弟子で本当によかった。


 マーリンが河原で小さな石を拾っていた。


「これって天然の魔石でしょうか」


 確認を求められたアッシュは、石を太陽にかざすと、


「ああ、魔石の破片だ。間違いない」


 と太鼓判を押した。

 色が濁っているのは不純物が混ざっているから。

 観賞用ならきれいな魔石が好まれるが、実用面では大差ない。


「この川は湧水でできている。時々小さな魔石が見つかるのさ」

「へぇ〜。河原にもあるんだね。私も一個探してみようかな」

「マーリンは運がいい。簡単に見つかるものじゃない」


 ウィンディが駆け出そうとした時だった。

 動くな、とアッシュに手で制された。


「どうしたの?」

「何かに見られている気配がする」


 シャルティナ、スパイク、ミーティアたちの方を見た。

 三人で仲良く談笑しており、周りを警戒している様子はない。


「シャルティナさんたち、普通にしているけれども」

「ああ……まあ……こういうのは傭兵のかんなんだよ」


 そんなものだろうか。

 近くの茂みや岩陰を見てみるも、ウィンディは何も感じない。


「アッシュの気のせいじゃなくて」

「分からん。が、気のせいじゃないと思う」


 マーリンの意見も聞いてみたが、不安そうな顔を見せただけで、肯定も否定もされなかった。

 ウィンディは視線をアッシュに戻す。


「マズい。気づかれた」

「気づかれたって? 何を?」

「俺が気づいたってことに、向こうが気づいたらしい」


 魔物だろうか。

 ウィンディの耳に聞こえるのは小川のせせらぎと、葉っぱのこすれる音だけ。


「この場を離れた方がいいの? グレイ様を呼ぶべき?」

「ああ、そうだな……」


 アッシュがごくりとつばを飲む。


「この場を離れたい。できれば無傷で」


 シャルティナのところへ向かおうとした時だった。

 木の幹が破裂するような音がして、一帯の空気がピリピリと震えた。


 最初は爆発でも起こったのかと思った。


 地面に亀裂が走っている。

 三本、竜の爪で引っかいたみたいに。


 自分の体に傷がないことを確かめたウィンディは、側にいたマーリンも無事か確かめようとして、ハッと息を飲んだ。


 マーリンの胸元に血がついている。

 まだ新しい、乾く前の鮮血だった。

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