第196話 絵画の中に立っているみたい

「食べ過ぎてお腹がパンパンなのです!」


 食後、マーリンと街を散策した。

 歴史ある教会や図書館があって、見て回るだけでも楽しめた。


 ジューロンの住人らしき人物にファクトリーやボルドーの印象を聞いてみた。

 街が潤っているのはファクトリーのお陰だし、ボルドーが就任してから暮らしは良くなったという意見が多かった。

 ボルドーを嫌いな人を見つけるのは難しそうだ。


(そもそもボルドーさんも庶民の出身なのよね)


 ウィンディがジューロンの住人でも同じ意見かもしれない。


「ウィンディは優しいですね」


 急にマーリンが言うからびっくりして足を止めた。


「私の歩幅に合わせてくれますから。ウィンディはいつも優しいのです」

「マーリンは慌てると転んじゃうでしょう」

「そうです。私はドジなのです」


 マーリンが可愛い理由はたくさんあるけれども、この素直さも一つだと思う。


「記憶がないってことは、もしかしたらマーリンは昔のジューロンに来たことがあるのかな?」

「その可能性はあります。でも、記憶がない方がお得です。初めてだからこそ感動できるのです」

「その発想はなかったな〜」


 前向きなところは師匠のエリシアと似ている。


 小さな博物館もあった。

 無料なので入ってみる。

 壁のところに年表があり『三代目ミスリルの魔剣士がジューロンを訪問する』という記述を見つけた。


(先代のエリシア様ともマーリンは密な関係だったんだよね……先代のエリシア様のことは忘れたままでも平気なのかな)


 モヤッとする。

 意味はないけれども。

 大切な思い出もあったろうに。


「このお方が先代のエリシア様ですか」


 壁のイラストを見ながらマーリンが言う。


「石像のエリシア様とはイメージが違うね。あっちの方が美人かも」

「でも、こっちのエリシア様の方が温かな人に思えます」


 果物のジュースを売っているお店があったので、一個を買って二人で半分こした。

 あまり甘くないから喉を潤すには最適だった。


 高台へ向かう。

 ここから見える夕日が名物だとアッシュに教えてもらった。


「きれいだね」

「ええ、絵画の中に立っているみたいです」


 マーリンはオッドアイだから、夕日を吸った目が別々の色に光っており、生きている宝石みたいに美しかった。


 夕食の時間までにはファクトリーへ帰ってきた。

 部屋にはコルトとアーシアがいて、ベッドに寝転がりぼうっとしていた。

 二人とも外出せずに英気を養っていたようだ。


「観光に行ってたんだ。ジューロンの街っておもしろい?」


 コルトが首から上をこっちへ向ける。


「うん、食べ物はおいしいし、景色もきれいだし、人は穏やかだし、魅力的な街だって思ったよ。特徴のない街より百倍くらい素敵だよ」

「でも、ジューロンは物価が高いでしょう」


 確かに。

 王都に比べりゃ一回り安いが、田舎の街に比べたらジューロンの方が上。

 コルトに言わせると、働くには良いけれども住みたくはない街らしい。


「宿も食事もペンドラゴンはもっと高いよ」

「王都ってやっぱり人が多いの?」

「とにかく多い。集合住宅があるんだけれども、ジューロンより規模が大きい。あと、貧しい人がたくさんいる。貧乏人の比率でいったらペンドラゴンの方が上じゃないかな」

「それは意外だね。王都にも貧乏な人はたくさんいるんだ」

「いるよ。ジューロンはそれだけ豊かってこと」

「ふ〜ん……」


 一日の休みじゃ六日分の疲れは抜けないのか、コルトもアーシアも元気がなさそうに見えてしまう。


 四人で食堂へ向かった。

 子供が飽きないようメニューは毎日代わり、この日はふかした芋と豆の煮物がついていた。


 周囲をキョロキョロする。

 コルトたちだけじゃなく他の子も元気がなさそう。


「何かあったの?」

「もうすぐ休みが終わるでしょう。この時間帯は全員ナーバスなんだよ。六連勤が待っているからね」

「ああ……」

「逆に給料日の前だと少し明るくなる。その繰り返しだよ」


 当然といえば当然である。

 いくら先進的なファクトリーでも仕事が苦役には違いない。


「この環境で何年もモチベーションを保つのは大変なんだよ。蝋燭ろうそくの火みたいに徐々に小さくなっていくやつは多い」


 頬杖をついたコルトは悟ったようなことを言いつつパンをかじっていた。

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