第197話 安請け合いは問題なのだが……

 小鳥の鳴き声で目を覚ました。

 よろよろとベッドを抜け出して顔を洗いに向かう。


 ファクトリーの寮で暮らしている子供は四百人くらい。

 これだけの大所帯なら毎日何かしら問題が起こる。


 昨夜とか。

 メンタルをやられたであろう男の子が一人、何度も叫んだせいで満足に寝られる状況じゃなかった。


(途中から叫び声がしなくなったけれども、例の子、懲罰房ちょうばつぼうに入れられたのかな?)


 問題のある子は隔離する。

 それがファクトリーの方針なのである。


 部屋へ戻ってきた。

 マーリンはく〜く〜気持ちよさそうに寝ている。

 無垢むくな寝顔を見ているとイラズラしたくなったウィンディは、ツヤツヤの金髪を一房つまんで耳の穴に突っ込んでみた。


「ふぇ」とマーリンが目を覚ます。

 のんびり屋さんらしくリアクションも薄い。


「おはよう、マーリン。昨夜はよく寝られた?」

「はい、昼間にたくさん歩いた反動なのか、この上なく熟睡できました」


 あの叫び声の中、マーリンは寝られたのか。

 コルトとアーシアもベッドから出てきたが、二人は辛そうにしている。


「昨夜、何かあったのですか?」


 マーリンが心配そうにいう。


「ちょっと音が気になってね。あの状況で寝られるのは天才だと思う」

「そんな才能、欲しくないのです!」


 四人で食堂へ向かった。

 朝はパンに卵にで野菜という組み合わせ。

 パンはお代わりし放題なので、ちょっと多めに食べておく。


「昨夜みたいなことって、たまに起こるの?」


 ウィンディが尋ねると、コルトは眉間にシワを寄せた。


「この人数いるからね。親元を離れてきているやつとか、重度のホームシックになったりする」


 問題のあった子は実家が貧乏で田舎から出稼ぎに来ていたらしい。

 最近成績が落ちてきてプレッシャーを感じていたというのがコルトの見立てだ。


「中には家が借金している子もいるから。ファクトリーに給料を前借りしていると、途中で逃げるわけにはいかない」


 アーシアが補足する。


「給料の前借りとかできるんだ?」

「うん、申請すれば誰でも借りられると思うよ。私は利用したことないけれども」


 困っている人にとっては良心的なシステムといえよう。


「問題を起こした子って、どこかに隔離されたりするの?」

「そうだよ。大人しか鍵を開けられない房がある。そこで反省する。もし反省の色がなかったらクビになる」

「そこに入ったことはある?」

「まさか。入ったやつは一号棟にいられないよ」


 前科持ちみたいなイメージだろうか。


 食後、始業まで時間があったので部屋へ戻った。

 コルトは横になり、マーリンとアーシアが会話している。


 マーリンとアーシアは気が合うようだ。

 二人とも控えめな性格なので親近感があるのかもしれない。


「コルトとアーシアが魔剣士に弟子入りできるよう、ジャスティス様に会ったら私からお願いしてみます」


 そんなセリフが聞こえたので、ウィンディはびっくりして跳ね起きた。

 驚いたのはコルトも一緒で、ベッドの上段からひらりとジャンプする。


「本当にお願いしてくれるの⁉︎」

「お願いするだけならタダですから」


 ウィンディは焦った。

 期待を持たせるのはいいが、後で裏切る結果にならないだろうか。


(そもそもジャスティス様の人柄とか知らないんだよな〜)


 何人弟子を取るのか、魔剣士によって全然違う。

 ネロみたいに百人取る人もいれば、グレイみたいに二人か三人という人もいる。


 あとグリューネみたいに神出鬼没の人だったら当面会えないだろう。

 つまり約束を果たせるとは限らない。


「コルトとアーシアは魔石を育てる才能がありますから。きっと優秀な弟子になれるのです。そう思いませんか、ウィンディ」

「そうだね。二人には口封じをお願いしているしね」


 安請け合いするのって本当は問題なのだが、マーリンが可愛いから許すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る