第195話 魔剣と対等、あるいは格上の存在

 スープは大きなボウルに入っていた。

 肉や野菜がたくさん浮いており、鶏で取ったであろう出汁だしの香りがする。


 これにカットされたパンが二切れ付いて一人前。

 とにかく量が多くて「食べ切れるか心配です」とマーリンがこぼしている。


(スープにしては値段が高いと思ったけれども、このボリュームなら納得かも……)


 ウィンディが過去に飲んだことあるスープは、味が薄くて具もほとんど入っていなかった。

 肉入りのスープなんて王都で初めて口にして、あまりの美味しさに価値観をぶっ壊された。


 スプーンで一口飲んでみる。

 透き通った色合いとは裏腹に味はしっかりしている。


「お口の中でブワッとなります!」


 感動しているマーリンを、フォルテは微笑ましそうに見つめている。


「世界の各地には美味しいものが多数あります。王都にはあらゆる料理がそろっていると言われていますが、ジューロンのスープはジューロンでしか味わえないのです」

「フォルテさんはいいですね。たくさんの土地を旅できて」

「吟遊詩人の数少ないメリットですかね」


 旅していると魔物との遭遇は避けられない。

 お世辞にもフォルテは強そうに見えないが……。


「これでもある程度の魔法なら使えます。護身レベルですが」

「じゃあ、戦闘の経験も?」

「はい、死にそうになったことは何度もあります」


 笑えない冗談だが、ウィンディはアハハと笑っておいた。


 フォルテは歴史や伝承に詳しい男だった。

 もちろん魔剣のことについても。


「世の中には魔剣を使役できる者がいるのをご存知でしょうか?」

「シエキする?」


 使役であると理解するのに時間を要した。


「人が魔剣を解放する時、普通なら生きている人間の血を吸わせます。血を対価にして魔剣の力を引き出すそうです」


 知っている。

 シャルティナやスパイクが自分の手を斬っていた。

 グレイが魔剣を解放するシーンは見たことないが、親指の付け根を傷つけるらしい。


「ですが、ミスリルの魔剣士エリシア様だけは特別らしいです。いちいち血を吸わせる必要がないのです。同じことができた人間は記録上三名いました」


 初代ミスリルの魔剣士アーサー。

 二代目ミスリルの魔剣士イクシオン。

 三代目ミスリルの魔剣士エリシア。

 他にいたかもしれないが、記録上は三名だけである。


「エリシア様を含めた四人は何か違うってことですか?」

「普通、魔剣は人間を格下に見ています。エリシア様の場合、対等あるいは格上の存在として認められているのではないでしょうか」


 あくまで勝手な憶測。

 フォルテはそう笑っていた。


「…………」


 ウィンディは横にいるマーリンを凝視した。

 魔剣アイギスと魔剣イグニスを解放した時、どうだったか。


 記憶が曖昧あいまいだが、血を吸わせていなかった気がする。

 しかも人と魔剣は一対一という絶対ルールを破っている。


(もしかしてアーサー王に近い実力を持っているのかな?)


 マーリンは三百年間封印されていた。

 最盛期の実力からは程遠いだろう。


 実際の年齢は分からない。

 見た目は十三歳くらいだが、ネロやグリューネの例があるから、もう少し上かもしれない。


 そして精神は幼い。

 十三歳が過大評価に思えてしまうくらいには。


「どうしたのです、ウィンディ?」

「自分の手を斬るって、よくよく考えたら痛いよね」

「そうです! 私は血が苦手なので一生魔剣士になれない気がします!」


 どのような条件でマーリンが覚醒するのか。

 トリガーは本人すら知らないが、ウィンディの命が危なくなったらリミッターが外れるらしい。


(裏を返すと、あの状態になるのをマーリンは拒否しているんだよね)


 マーリンを頼りにするのも考えものだと、柔らかい鶏肉を噛みしめながら、ウィンディは改めて思った。

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