第194話 ジューロン名物のスープ

 別れ際、せっかくジューロンに来たのだから観光らしいことをしていけと、アッシュがお店を紹介してくれた。


「スープのお店? そんなのが有名なの?」

「行けば分かるさ」


 銭の入った袋を投げられる。

 お金の管理は大人のアッシュに一任しているのである。


「スープ、飲んでみたいのです。エリシア様に土産話ができます」


 マーリンが腕輪に触れながらいう。

 頭の中はいつもエリシア様エリシア様で、母親の代わりくらいに思っているのだろう。


「はいはい、じゃあ日が暮れる前に行こうか」


 途中、ご神木のある広場を通った。

 あの時は吟遊詩人の男がいたが、今日は姿が見えない。

 代わりに画家の男がいて、熱心にご神木を描いている。


「この木をアーサー王が植えたという話は本当でしょうか?」

「本当じゃないかな。一千年くらい生きないと、この大きさに成長しないと思うよ」


 真上を見上げると、空の大半が枝と葉で隠れてしまう。

 エリシアがこの場にいたら感動をうまい言葉で表現するのだろう。


 アッシュに教えられたスープ屋はメインストリートから一本路地裏に入ったところにあった。

 中をのぞいてみると満席だった。


 お店の人に待ち時間を聞いてみる。

 相席でもよければ案内できるらしい。


「マーリンって相席でも平気?」

「アイセキって何ですか?」

「そこからか……」


 ちょこんと小首を傾げる姿が今日も可愛いと思ってしまう。


「知らない人と同じテーブルを使うこと。二人組と二人組で四人用のテーブルを使うみたいな」

「スープさえ飲めれば何でもいいのです」

「意外とたくましい……」


 テーブルへ案内してもらった。

 すると知った顔があった。


「おや?」


 半裸男……じゃなくて吟遊詩人である。

 今日も頭に飾りがのっており、テーブルには竪琴を立てかけている。


 吟遊詩人は一人だ。

 隣には空の食器がある。

 相方は先に食事をすませて去ったらしい。


「連れは気の短い人でね。私はゆっくり味わいたい派ですが」


 そう笑っていた。


「吟遊詩人さんってこの街の人じゃないですよね。全国を旅しているのですか?」

「そうです。探し物をするためジューロンへやってきました」


 人じゃなくて物なんだ、とウィンディは思う。


「私の名前はフォルテといいます。お嬢さんたちは出稼ぎのためにジューロンへ?」

「そうです。ファクトリーで働いており、今日は休暇日なのです。私がウィンディで、こっちがマーリンです」


 マーリンがぺこりと頭を下げる。


「私も子供時代はファクトリーで働いていました。といってもジューロンのように立派なファクトリーではありませんが」


 フォルテが昔を懐かしむようにいう。


「私たちはジューロンのファクトリーで働き始めたばかりです。人が多くて戸惑っているような状態で……」

「ジューロンのファクトリーは大きいでしょう」

「そうですね」

「働いている子供たちは幸せそうに見えますか?」


 思いがけない質問だったので言葉に詰まってしまう。

 一号棟の子も、三号棟の子も、大きなプレッシャーにさらされている気がする。


「ファクトリーで働いていると食事と住処には困りません。ある種の幸せという気がします」

「しかし、来年の暮らしの保証はないでしょう。今より未来が良くなることを人は希望と呼ぶのではないでしょうか」


 フォルテの言う通りだ。

 手元に富があっても、失う恐怖が大きいと意味はない。


「すみません。知ったような口を。私は集団生活というものが苦手でして、ファクトリーの暮らしに馴染めなかったのです。そのせいでファクトリーに否定的なことを言ってしまいました」

「いえ、一理あると思います」


 少し気まずい空気になったけれども、運ばれてきた温かなスープが吹き飛ばしてくれた。

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