第193話 行動力がありすぎて危なっかしい
アッシュのいる宿へ向かった。
念のため周囲を警戒してから建物の中へ入る。
「ごめん、アッシュ。私たちが魔剣士の関係者ってこと、初日の夜にバレちゃった。でも、ルームメイトの子にしか打ち明けていないから」
包み隠さず伝えたわけであるが、アッシュは驚きもしなければ
「そもそもお前らが隠し通せるとは思っていないよ」
「ひど〜い! こっちは真剣にやっているのに!」
「そうなのです! ウィンディは頑張っているのです!」
落ち着け、と手で制される。
二人のためにアッシュは紅茶を淹れてくれた。
ファクトリー内だと中々飲めないので素直に嬉しかった。
「ウィンディは喧嘩っ早いところがあるからな。乱闘騒ぎさえ起こしてくれなかったら十分だと思っている」
「私って喧嘩っ早いかな?」
マーリンに聞いてみる。
「ウィンディは行動力がありすぎて時々危なっかしいのです」
否定しないってことはマーリンも同意見らしい。
「ジューロンのファクトリーは真面目に運営されているからウィンディは退屈しているだろう。何か変わったことはあったか?」
「厳しい場所だなって思う。ルールを守れない子供は簡単にクビになっちゃうんだってさ」
「子供を遊ばせる場所じゃないからな。理不尽かもしれないが、子供をクビにするのはファクトリー側の自由だ」
コルトとアーシアの話もした。
二人が魔剣士に弟子入りしたいことも。
「ダイヤモンドの魔剣士ジャスティス様か」
「アッシュは会ったことある?」
「ないよ。噂しか知らない」
七つある魔剣士の位は同格とされているが、ダイヤモンドが少し秀でている、みたいなイメージは昔からあるようだ。
「ミスリルの魔剣士を二人も排出しているからな。先人にあやかりたい実力者がダイヤモンドに集まりやすいのだろう。ジャスティス様だってバケモノじみた強さを持っているって話だ。エリシア様が魔剣士になる前は、ジャスティス様が次のミスリルの魔剣士になるのでは? と噂されていた」
「そんなに強いの?」
「かなり強い」
海岸沿いにある集落が大きな津波に呑まれそうになった時……。
その場に居合わせたジャスティスは海を凍らせて一人の死者も出さなかったという。
「海面を凍結させるなんて芸当、他にはエリシア様じゃなきゃ無理だろう」
「えっ〜⁉︎ じゃあ、エリシア様の次に強い魔剣士はジャスティス様になるの⁉︎」
「いや、俺はグレイの旦那の方が強いと思っている」
魔剣士に救われた経験がある人は、その魔剣士を死ぬまで
「そうそう、ボルドーって人にも会ったよ」
「ほう……領主様がわざわざ現場に顔を出すのか」
「うん、子供たちとも普通に話していてね。毎日じゃないけれども、ファクトリーの様子を見にくるんだってさ」
設備が壊れたとしてもボルドーはすぐ修理を手配してくれる。
なので『優しいおじさん』と大半の子からは思われている。
「でも、ルールを守らない子には厳しいの。秘書みたいに付き従っているオリーブって女性も、悪い人じゃないけれども私は苦手だな」
「まあ、ウィンディってルールを守るの苦手そうだしな」
「なんで本当のこと言うかな〜」
横にいるマーリンが声に出して笑う。
アッシュの方も順調に任務をこなしているようだ。
情報収集が主な仕事らしく、ジューロン近郊の村まで毎日馬で移動している。
会話が弾んでいると、マーリンに指でちょんちょんされた。
何か忘れていますよ、と。
「そうそう、アッシュに質問。灰病について教えて」
「灰病って髪の毛が灰色になるやつか? もしかして自分が灰病になることを懸念しているのか?」
その心配はない、と笑われた。
「無茶苦茶な働き方をしなかったら灰病にはならないよ。毎日朝から晩まで働いたりとか。それに初期なら灰病は治る」
「でも、ファクトリー内には灰病の子がいたよ」
「きっとルールを無視して、休日も働いているか、睡眠時間を削っているんだろう。その辺りは法整備が進んでいるから、普通にファクトリーで働いていたら灰病になることはない。繰り返すが、初期の灰病なら、やがて完治する」
「ふ〜ん……」
アッシュが全然大したことなさそうに言うので安心した。
「大昔のファクトリーは灰病の子がゴロゴロいたらしい。最終的に髪の毛がすべて灰色になるわけだが、そうなったら長生きできない。今のファクトリーも灰病の子はいたりする。規定の半分の時間しか働けないはずだ」
「体に負担をかけすぎると灰病になるんだよね。魔剣士の関係者は灰病にならないの?」
「なるやつはなる。個人差があるらしい。だが、髪の色が変わってきたら一発で分かるだろう。灰病にかかったらすぐ治療を受ける」
今日も知識が一個増えたことに満足した。
「気をつけないといけないのは地毛が灰色のやつだな。発覚が遅れることがある。といっても体調不良に陥りやすくなるから自覚できるわけであるが……」
「私は?」
「ウィンディくらい銀髪らしい銀髪なら絶対に気づくよ」
ウィンディは自分の前髪をつまんで光にかざしてみた。
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