第192話 半人前が二つなら一人前
「えっ⁉︎ マーリンって記憶がないんだ⁉︎」
そんな声が聞こえた時、ウィンディは口の中身を吹きそうになった。
「はい、両親のことは少しも覚えていないのです。気づいたらウィンディたちと生活していました」
「もしかしたら親は生きていて、家はお金持ちかもしれないってこと?」
記憶喪失の少女なんて珍しい要素しかなく、マーリンの周りに人が集まってくる。
「ごめん、ちょっと通して」
ウィンディは人波をかき分けると相方を無理やり連れ出した。
建物と建物の隙間に入り込む。
マーリンは性格がおっとりしているから、なぜウィンディが不機嫌そうにしているか理解できていない様子である。
「もしかしてウィンディ、怒っていますか?」
「怒っているわけじゃないけれども……」
呆れ、とも少し違う。
マーリンには目立ってほしくない。
別に責めたいわけじゃない。
身の上話を求められたので、バカ正直に記憶喪失と答えたのだろう。
事前に打ち合わせしていなかったウィンディが悪い。
そう思い込むことにした。
「私たちは視察しているんだよね。ありのままのファクトリーを見学したいの。注目されると本来の目的が果たせなくなってしまうかもしれない」
「あぅ……」
反省したマーリンが
「またウィンディに迷惑をかけてしまったのです」
「迷惑じゃないよ。だから落ち込む必要はないよ」
「でも、私が不器用なせいでウィンディの負担が増えてしまったのです」
「…………」
ウィンディに心の余裕があれば「次から気をつけようね」といって手を握ったかもしれない。
正直いうとウィンディも慣れない暮らしのせいでペースが乱れている。
自分のことに精一杯でマーリンのフォローが疎かになっている。
「私も未熟だし、マーリンも未熟だと思う。つまり半人前ってこと。でも半人前が二つなら一人前でしょう。二人で協力したら一人前の仕事がこなせると思う」
頼りにしている。
そう遠回しに伝えたつもりだ。
「今日はこの後アッシュと会って中間報告する。いいね」
マーリンはこくりと頷く。
建物と建物の隙間を歩いていると別の話し声が聞こえた。
こちらも女子二人で、深刻そうなトーンを帯びている。
「私の髪、前より灰色になっていない?」
片方がいう。
「心配しすぎだよ。先月までと変わらないよ」
「いっそのこと短く切ろうかな」
「そんなことしたら余計に怪しまれるって」
二人の年齢はウィンディより少し上だった。
見かけない顔だから二号棟か三号棟の人かもしれない。
「あっ……」
ウィンディと視線がぶつかった瞬間、二人は露骨に嫌そうな顔をする。
「あなたって他所のファクトリーから移籍してきた子よね」
「そうですが……」
「さっきの会話は聞かなかったことにしてちょうだい」
髪色のことで何か不都合があるのか。
口封じの代わりに教えてもらった。
「
言葉は知っている。
勉強用の資料にのっていた。
「灰病の子は長時間働かせたらダメなの。守っていないファクトリーもあるけれども、ジューロンは割と厳格なの」
働く時間が減る。
つまり給金が減るということだ。
「無理に働き続けるとどうなるのですか?」
「病気がひどくなって二度と魔石を作れない体になる。普通に生活する分には問題ないと言われているけどね。もちろんファクトリーはクビよ。場合によってはファクトリー側も管理責任を問われかねない」
灰病の女の子を見た。
赤茶色の髪の中にポツポツと灰色の部分が混じっている。
元がきれいなのでショックも大きいだろう。
(私は銀髪だから灰病になっても目立たないのかな?)
逆にマーリンは明るい金髪なので目立ちそうだ。
「あなた達も気をつけなさい。ジューロンのファクトリーで長く働きたかったら無理しないことね」
灰病。
体に負荷をかけすぎるとなる病気。
髪の毛が変色していき、病気の度合いが大きいほど灰色も増える。
「マーリン、ちょっとだけ敷地内を散歩していってもいいかな」
一号棟に灰病の子はいなかったけれども、意識して探してみると十人くらいいた。
中には帽子をかぶっている子もいるから本当はもっと多いのかもしれない。
どの顔も元気がなさそうに見える。
「魔石を作るのって体に良くないのですか?」
「エリシア様やグレイ様が何も注意してこなかったから平気だと思うけれども……」
アッシュに会ったら詳しく聞いてみようと思った。
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